おうちにようじょがやってきた20


「シェリアさん,今日はお勉強しましょうね」

「ハーイ」


シェリアさんは,凰壮くんの説得のおかげで,学校に行くと言ってくれました.

一体どんなことを言ったのかは,わかりません.

ですが,どんな形であれ,シェリアさんの気持ちが動いたのならそれは嬉しいことです.


「日本語を,きちんと喋れるように練習します」

「…ハードルが…たかいデス」

「そんなことありませんよ.ゆっくり,僕の後に付いて言ってみてください」


外国人だということで,いじめられては困りますからね.

ましてや,同世代の子がシェリアさんの喋りを理解できるとは思えないのです.

ですから,僕が出来ることは,こうして正しい日本語に慣れてもらうことなんです.


「おはようございます」

「おはよゴザイマス」

「こんにちは」

「コンニチハ」

「こんばんは」

「こんばんハ」

「いただきます」

「いたたき?マス」

「ごちそうさまでした」

「ゴチソサメデシタ?」

「…ストップ,もう一回ゆっっくり言ってみましょうね」

「うぅ〜」


シェリアさんが笑い者になるなんて耐えられません.

辛いかもしれないけど,今は我慢してくださいね…!


「お は よ う ご ざ い ま す」

「お は よ う ご ザ い マ ス」

「こ ん に ち は」

「こ ん に チ は」

「今のすごく良かったですよ」

「Really?わーい!」

「こ ん ば ん は」

「こ ん ば ン ハ」


こうして喋ること数回,シェリアさんは飽きてきたのでしょう.

もうやる気がなさそうです.

こういうときは諦めて明日にした方がいいんですかね.

いやでも,甘やかしてもダメな気がするんですけど.


「…ドラゴン」

「それも,卒業しないと駄目ですよ?」

「…そつぎょ?」

「呼び方も,学校ではきちんとしなければなりません」

「Why?」

「学校という場所は公私混同…えっと,家に入るときと公の場での態度をごちゃ混ぜにしてはいけないということです」

「なんて,よぶのがせいかいデスか?」

「兄,お兄ちゃん,お兄さんなどを使うべきでしょう」

「ドラゴンおにいちゃ」

「それではまるでコメディアンのようなのでやめてください.僕の名前でそのまま付けてみてください?」


流石にドラゴンのままは駄目でした.

いや,お兄ちゃんと呼ばれるのもなんだかムズ痒いんですけどね.

今更ですが,こういうことはしっかりしないと,と思ってたんです.



「る,るーじおにいちゃん」

「惜しい」

「る…りぅじおにいちゃ…?」


し,舌が回ってなくて…か,可愛い!!

聞きました?

るーじおにいちゃんですって!

思わずそれでいいって言いそうになったけど,思い留まれました.


「りゅ う じですよ」

「りゅうじおにいちゃん!」

「そうですそうです!じゃあ虎太くんも」

「こたおにいちゃん!」

「凰壮くんは?」

「おーぞーおにいちゃん」

「お う ぞ うです」

「お ぞ う…?」

「お う そ う」

「お う ぞ お」

「…まぁ及第点でよしとしましょう.凰壮くんだし」

「おなまえ,ながくてよびにくいデス」

「そうですか?」


ぶーぶーと言うシェリアさんは,お兄ちゃん付けは気に入らないのでしょうか.

まぁ…いきなり変えろという方が無理なのはわかってます.

呼ばれたほうも違和感を感じるでしょうし.

ドラゴンって呼ばせてあげたいけど…ここは心を鬼にして….



「こたにい,るーじにい,おーぞにいじゃだめ?」

「いいです,あっ駄目です」

「いいってゆった!」



可愛さに釣られて生返事しちゃいましたよ!

ええそうです,完全にメロメロですよ.

いいじゃないですか,シスコンなんですから.


「…まぁ…百歩譲って許しましょう,今よりはマシです」

「やったー!」

「また学校に入っていろいろ習うこともあるでしょうし,呼び方はもういいです.その代わり,挨拶だけはしっかりやっておきましょう」

「OK!」


ホント,来年小学生になるとか信じられませんよね.

そこらへんの子よりよっぽど可愛いし,礼儀正しいし,賢いし…心配要素しかありません.

どうしましょう,彼氏なんて連れてこられたら…!

彼氏?

顔から一気に血が下がっていきます.

考えただけでもおそろしい!


「なっ,彼氏なんて嫌だ…」

「ドラゴン!!?」

「うわああああ!!僕は許しませんよ!!!」

「ど,どうしたデスか?!おおきなこえ,びっくりデス!」

「こんなことしてる場合じゃなかった!!!虎太くん!凰壮くん!!作戦会議ですよ!!!!!!!」

「Wait!ドラゴーン…!」


いけません,これはいけません.

本当にこんなことしてる場合じゃなかった.

シェリアさんに彼氏なんて出来た暁には,僕,法を犯してしまうかもしれないです.

というか,シェリアさんに彼氏とか…彼氏とか….


「いってしまったデス….…今のドラゴン…ちょっとコワイ」


シェリアさんみたいな可愛い子に寄ってくる男の子はきっと多いでしょう!

ましてや,これから大きくなっていくにつれてどんどん美人になったりしたら….

僕は絶望しましたよ.

そして同時に決意しました,この妹を他所の男のもとになんて行かせてたまるものか,と.






―心配性が厄介病―






「…彼氏?まだ早いだろ」

「そんなのは,まだ大分先の話じゃねーか」

「うるさいですよ!出来てからでは遅いんです…」


次男が部屋に飛び込んで,あんまりにも熱心になって言うもんだから.


「…でも,俺もシェリアに彼氏とか出来たら殴らない自信がない」

「俺ら以外のやつらに,渡したくないよな」

「そうでしょう?!今の時代,何時何処から何があるかわからないんですからね!!」


長男も三男も不安になっていく.


「…よし,シェリアに近づく男を跳ね除けるとか…」

「そんなの温いですよ!もっとこう,男として再起不能にしてやりましょう…あぁ,シェリアさんに彼氏なんて絶対に阻止してみせます.どんな手を使っても!」

「「(…どうか次男が犯罪者になりませんように)」」




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