おうちにようじょがやってきた19
「ちゅーがっこう?」
「そうだぜ」
「ワタシも行きたい!」
「はは,それは無理だって.まずは小学校卒業しなきゃな」
「むぅぅう…バードはいじわるデス」
やべー可愛い,ランドセル背負ったシェリアを想像していた.
「小学校はまぁまぁ楽しいぞ」
「おにいちゃんたちイル?ママは?」
「俺達も母さんもいないけど…友達が出来る」
「エリーがいマスか?」
「高遠も卒業しちゃうから居ないな」
「じゃあ,ワタシはがっこいかないデス.おうちいるデス」
むすっとしたほっぺたを突けば,空気が抜ける.
幼稚園や保育園に行ってないシェリアからしてみれば,小学校なんて未知だろうしな.
嫌がる理由が多すぎるが,義務教育である以上は仕方ないだろ.
たぶん,父さんはシェリアを気遣うとしても,通信や自宅で教育を受けさせるほど甘くないと思う.
「シェリア,学校にはいかないと駄目だよ」
「…おそと,きらいデス」
「でも,最近は頑張って出れるようになっただろ」
「…ひとりは,ヤ」
「最初は不安もあると思いますが…行ってみると楽しいですよ?」
「もういいデス,みんなキライ!」
たたたっとシェリアは走って行ってしまった.
俺たちは,普段からシェリアの前で学校の話をあんまりしない.
俺の学校生活なんてものは,自慢じゃないが,勉強も運動も出来るし,三つ子っていうだけで絶対に一人になることなんてなかった.
それだから…シェリアの不安もわかってやれない.
「…困ったな」
「竜持,何かいい方法ないのか?」
「…いえ,考えてはいるのですが」
「せめてあと1年,俺らが小学生いられたらよかったのにな」
「それを言い出すとキリがありませんよ」
あと1年一緒にいられたら,面倒みてやれたのに.
シェリアを追いかけて説得できる要素がないので,三人とも動こうとしない.
考えたところで,自分達の知識には限界があった.
夕食は,無言のままだった.
いつもならシェリアのきゃっきゃっと言う笑い声や,俺達の声で騒がしいのに.
「…バード」
「おぉ,シェリア,どうした?」
「おふろへ,はいりマス.ママがいっしょにって」
「そっか,じゃあ先行ってていいぞ.着替え出したら俺も行くから」
「ウン…」
罰の悪そうなシェリアは,俺の裾を掴んで言う.
やっぱりさっきのことを気にしているんだろう.
「なぁ,シェリアはさぁ…うちに来るまえは友達っていたか?」
「イましたヨ」
「そっか.一緒に遊んだりしたのか?」
「たまに,おうちのなかで,おままごとトカ,おえかきしてマシタ」
「へぇ」
「学校ってな,そういう友達が作れるんだぜ.お前と同じ歳の子がいて,一緒に勉強したり,遊んだりさ,楽しい場所なんだ」
「…でも,バードもタイガーもドラゴンもイナイ」
「寂しいのはわかるよ,でも,乗り越えなきゃこの先ずーっとお前はこのまんまだぞ」
シェリアの頭を洗ってやりながら,話題を振ってみる.
逃げ場がないといえば,そうだが…目に泡が入らないようにシェリアは手で塞いでいるせいか,動きはしない.
本人曰く,シャンプーハットは卒業したらしい.
「お前が外に出られないって聞いて,お前のパパとママは悲しんでると思う」
「パパと,ママが?」
「そうだ.それに,友達が一人もいないって知ったら,とっても心配になってしまう」
「…でも」
「俺達兄弟は確かにいつもシェリアの味方だけどさ,シェリアが変わろうとしないと駄目だと思うんだ」
「かわる?」
「勇気を持って,外に出るんだよ.いろんなものを見て,いろんなことを知って,いろんなものを手に入れて,お前のパパとママにたくさん自慢してやろうぜ」
「てんごくのパパとママに?」
「ずっとお前を見守ってくれてるんだから,お前の頑張ってる姿は絶対に届くさ」
「…うん…」
シャワーでばしゃっと泡を流した.
シェリアが何か言ったが,それは水の音にかき消されていく.
シェリアはシェリアなりに思うとこがたくさんあろうだろう.
それでも,少しは心を動かせるようなことが言えただろうか.
「よし,綺麗になったぞ.湯船浸かっていいからな」
「ん…」
「どうしたんだ?」
「ワタシ,がんばるっておもってたデス.でも,がんばるのちがった」
「え?」
「ワタシ,がんばってなかったデス」
「そんなことはないって」
「ううん…,ワタシ,かぞく,ほしかっただけデシタ.さみしいの,ヤだったから」
ちゃぷっと肩まで浸かったシェリアの横に,俺も並ぶ.
広い浴槽のおかげで,二人並んでもまだまだ余裕だ.
50センチ離れて,微妙な距離を保つ.
…あんまり近寄ったら,また妙なこと言われかねないしな.
「でも,わかったデス.このまま,ダメ.まもられるの,かわるデス」
「へ?」
「つよくなりマス.いっぱいがんばって,おおきくなって,きれいになって,かしこくなって…そうしたらパパとママ,よろこんでくれル?」
「…シェリア……!勿論,絶対喜んでくれるさ.俺が保障する」
そう答えた俺に,シェリアはふんわりと笑った.
返事はなかったが,とっても綺麗な笑みだった.
自分より遥かに年下のこの妹の,大人びたその顔に惹きつけられる.
やっと,笑ってくれたな.
「…ノボセル…あがりマス」
「おう,そうだな」
「しっかり髪の毛乾かすんだぞ」
「ハーイ」
「竜持,シェリアにドライヤーかけてやってくれー」
リビングから,わかりましたと返事が返ってきた.
シェリアに服を着せて,先に脱衣所から出してやる.
自分も服を着て,髪の毛の雫をタオルで拭いた.
―幼い妹に,兄の言葉は魔法の呪文―
「…凰壮,ちょっと」
「なんだよ父さん」
「シェリアちゃん,どうやって説得したんですか?」
「は?」
「あんなに学校へ行くのを嫌がってたんです,私もどうしようか迷っていたんですが…聞けば頑張って行くと言い出したもので」
「それは…」
「どんな魔法を使ったんですか?」
「う,うっせ.誰が父さんに教えるかよ!」
「…あ,ちょっと!」
父は,娘の変化に気が付いていた.
また,その変化をもたらしたのが一体誰なのかも.
「………やれやれ,行ってしまいましたか」
ふっと笑う父は,何もかもお見通し.
「ですが…しっかりお兄ちゃんをしてるようで何より.まったく,息子の成長が楽しみで仕方ありませんなぁ」