虎太02


7月に入って,私は思いきって髪を切った.

理由は暑いからとだけ言っておく.



「虎太,一緒に走らない?」

「…別にいいけど」

「じゃあ,着替えてまたここに集合ね!」



幼馴染の虎太はサッカーを志す青少年.

一方の私は,運動は好きだが何もしてないただの女子.

一緒に走ると言っても,私のペースに合わせて虎太が走ってくれるというだけ.





走ってる間は,会話が少ない.

いつも,適当な距離を走ったところで休憩し,そこでようやく言葉を交わす.

今日も例外じゃない.


「ふぅ…あっつなぁ」

「長袖ジャージだからだろ」

「そういう虎太もじゃん!というか,黒の方が暑そう」


私は白に,黄色のラインが入ったジャージ.

黄色は自分で選んだ色だ.


「…なんかあんまり疲れてない感じだね.このくらい余裕?」

「いや,余裕はないな.でも,限界でもない」

「いいねー…私にはこれが限界だもん」

「そりゃ,男女の違いだろ.そもそも,鍛え方が違うだろ」

「頑張れば,もうちょい走れそうな気もするけどね」

「痩せろよまず」


虎太のことをあまり知らない人がいたら,驚くんじゃないだろうか.

こんなに彼が喋ってるなんて想像できない,なんて最初の頃は竜持によく言われた.

それだけいつもは寡黙な彼が,私なんかにこんなにベラベラ喋ってる.

私がそれに気付かないほど鈍感でもない.


「酷いねぇ,女の子に痩せろなんてさ」

「…なぁ,なんで髪切ったんだ」

「なんでって…暑いからだよ」

「伸ばしてたのに?」

「伸ばしてたのに」


虎太は,今更ながらに髪型について触れてくる.

タイミングを読まない,直球ドストレート.

不意打ちなもんで,思わず驚いて,声が裏返りそうになる.


「…失恋?」

「ぶはっ」

「おまっ」

「こ,虎太が変なこと言うからじゃん」


虎太の口から失恋なんて出てくるとは思わなかった.

口に入れた水道水が,思わず零れる.

自分でやって置きながら,なんて女の子らしくない失態だろう.

馬鹿みたいで,思いっきり笑った.


「有り得ねぇ」

「はいはい,すいませんでしたー」

「ほら,拭いとけ」

「ん,ありがと」


タオルを渡されて,ジャージを軽く拭く.

無愛想なくせに,気なんか遣ってくるもんだから,おかしくってしょうがない.




「…はぁ,久々に声出して笑ったから,ちょっと気分爽快」

「そうか」

「あのね,私さ,あんまり女子と折り合い上手くいってなくてさ」

「うん」

「目を付けられてたみたいで…校舎裏に呼び出されてさ,髪の毛,やられちゃったんだよ」

「!」

「いや,別にそれだけで特に怪我とかはしなかったんだけどね.あんまりにも切られかた酷いから,いっそ短くしようと思ったわけ」

「…お前」

「でも,別に後悔はしてないよ.未練なんてないし,髪なんてまた伸びますってことでさぁ,今は結構このショートも気に入ってるの」


口を挟む間も与えないまま,簡単に口は動く.

軽く言っていいものかわからないいじめのカミングアウトには,虎太もちょっと驚いたようだった.

でも,驚いたのは数秒,すぐに額には不機嫌そうな眉間の皺.


「馬鹿かお前」

「なんでよ,別にいいじゃない」

「馬鹿だけど…まぁその髪型は似合ってる」

「そりゃどうも」

「未だにそんな古風ないじめなんてあるんだな」

「私もビックリしたよ,まさか自分がそんな目にあうとも思ってなかったしね」


本当に,ドストレートな奴だと思う.

急に似合ってるとか言うなんて,コイツは天然たらしなんじゃないだろうな,なんて.

いや,自分が一番分かってるんだけどね,虎太が私にだから言ってくれるってことは.

ときめくとか恋に落ちるなんて,そんな感情はもうとっくに私の中ではゴールしている.


「…もう少し走ろっか」

「おう」

「とりあえず,虎太んちまで競争ねー!」

「上等」



一度ゴールした感情が,堂々巡り巡ってまた恋という名でスタートしただけにすぎない.

サッパリとした後ろ,走りながら首筋に当たる風が涼しくて,とても気持ち良いい.

ただ,これから暑い夏はまだまだ続く.

まだ熱を持って離れない心には,こんな涼じゃ全然物足りないくらいだった.





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