おうちにようじょがやってきた16
「シェリアちゃんって,自分らの妹さんやったよね?」
「…そォぅだけど」
高遠から,シェリアのことが出てくると思ってなかった俺は,思わず発音が乱れた.
いやこれは決して動揺とかじゃない,違うんだ,信じてくれ.
ちょっと油断してたんだ.
「…今めっちゃ声おかしかったで」
「気にするなよ」
「…まぁええわ.シェリアちゃんのことやねんけど,この間街で見かけてん」
「人違いじゃないのか」
「そんなことあらへんわ.あれは間違いなく,シェリアちゃんやった」
街って…商店街だろうか.
いや,規模広過ぎて全く範囲がわからない.
「…シェリア一人だったのか?」
「いいや,アンタのお父さんも一緒やったなぁ」
「ふーん…父さんとか…じゃあ,一緒に出掛けてたのかもな」
「あの可愛らしい容貌をうちが見間違えるわけないやん!ちょっとは信じぃや!」
「まぁ,お前の趣味はなんとなくわかる」
「どういう意味やねん!」
高遠は,青砥に気があるみたいだしな.
そういう外国人のような雰囲気に惹かれるのかもしれない.
まぁ,シェリアはそんじょそこらの子供の中では目を惹くと思うぞ.
「んで,それがどうしたっていうんだ?」
「なんかなぁ,シェリアちゃんあんま楽しそうやなかったし…気になってん」
「そんなにガン見したのかよ」
「ちゃうわ!悲しそうな顔しとったから印象に残ってんねんて.だってなぁ,普通はお父さんとお出掛けやったら,もっと楽しそうなもんやん?」
「父さんが無理矢理連れ出したんじゃねーの」
たぶん,父さんと出掛けた目的は,外に慣れるための練習だと思う.
父さんのあの容貌だとあんまり近寄ってくる人も少ないだろうから,シェリアにとっては心強い盾だろう.
しかし,悲しい顔してたってことは,やっぱりまだ辛いんじゃないか.
そもそも,トラウマなんて簡単に克服できっこないだろ?
「…まぁ,うちがあんまり首突っ込む話題と違うんは分かってんねん」
「ならほっとけ」
「でも,せっかく出会ったんやで!?そこは,友達になりたいと思うやん!」
「いや,思わねーよ」
「うちは思うんや!黙っとき!」
なんなんだ一体…?
何でこんなに熱が入ってるんだ?
俺には,高遠がちょっと怖かった.
「一緒に遊ばせてくれへん?」
「断る.シェリアは人見知りだ」
「そんなん,話してみんとわからへん!」
「…そういうんじゃなくて,そもそも外に出られないんだよ」
「どういうこと?外,出てたやん」
「なんつーか…」
素直に話していいのかどうか,それを躊躇った.
高遠は事実を知ってネタにして笑うような奴じゃないってことは知ってる.
それでも,シェリアのことをベラベラ喋るのは気が引けた.
「えっとだな…」
「ハッキリ言ってや.そんな反応されたら,こっちが参ってまうわ」
「凰壮,言ってやれよ.高遠なら大丈夫だろ」
「虎太!」
どこから現れたのか,後ろから聞えたのは兄の声.
一体何処から会話を聞いてたんだ.
「はぁ…一回しか話さないぞ」
「ええって,それで?」
「シェリアはな,父さんの友達の子だったんだけど…その両親を亡くしてうちで引き取った養子なんだ」
「えっ!」
「家族で外で過ごしてたときに,通り魔事件に巻き込まれてシェリアの目の前で亡くなった…」
「それ以来,シェリアは外に出ることがトラウマになって,家の外自体に出ることが出来なくなったんだよ」
「見知らぬ場所は勿論,見知らぬ人も警戒して,近づけない」
「せやから,初めて出会ったときにあんなに怯えてたんか…!」
「まぁ…その時を俺は見てないから知らないけど,怖がった原因は初対面だからだと思うぜ」
高遠は,俺と虎太の話を真面目に聞いていた.
表情が元々顔に出やすいタイプなせいか,その誠実さは見て分かるほどだ.
自分の事のように悲しそうになって,苦しそうになって,その表情を変えた.
「というわけで,俺達がシェリアの世話を主にやってるんだ」
「どういうわけか,俺達は怖くないみたいだしな」
「なるほど…最近付き合いが悪いと思っててん,原因は可愛い妹が出来たからやねんな」
「まぁ,要約すればそんなところだ」
「…否定はしないな」
「せやかて,シェリアちゃんは女の子やろ?自分らだけで,ちゃんと面倒みれてんのん?」
「それなりには」
「オトメゴコロ…だっけ?結構竜持が,その辺は気を遣ってる」
「馬鹿なん自分ら!そういうことちゃうわ!」
声を張った高遠が,座っていたベンチから立ち上がって指を指す.
おい,人を指差すな.
と,言う前に,勢い良く流れる関西弁が遮った。
「いくら気持ちで気遣っても,カバーしきれん部分はあるねん!同性にしかわからへんことのが多いんやで!」
「…例えばどんなのだよ」
「一番は身体や!まぁまだ小さいから,目立たへんけど,成長すれば男女の差が生まれてくる」
「そこまで,面倒見てるわけないだろ!そういうのは母さんが管理してる」
「なんでもかんでも親やったら大丈夫と思わんといてや!自分らかて,何でも親に話せるわけやないやろ」
「それは…」
「例えば,せやなぁ…恋とか!親に好きな人の名前出してあーだこーだって喋れるん?」
「……」
「仲間や友達,兄弟とかさ,親以外の同性にしか話せへんことがいっぱいあるやろ?」
「そうだな…」
「…妙に説得力高いな」
「ましてや,同世代にしか話せへんこともあるねん.うちが言いたい事わかる?」
「おう…」
「すごく,わかった気がする」
ものすごく盲点だったところを,思いっきり突かれたような気持ちだった.
高遠の言っていることは,もっともだ.
俺達が考えてる以上に,シェリアにだってもっと繊細な悩みがあってもおかしくない.
だって俺は女でもなければ,シェリアのような年齢とも違う.
「あ,ごめん…ちょっと熱ぅなりすぎたわ」
「いや,ガツンと言ってもらったせいか,結構思うことがあった」
「予想だにしないアドバイスだったぜ…すっげー為になった」
「なんや,そんな褒めたって何もないで」
「シェリアちゃんを支えてあげたいんやったらさ,大事に大事にって過保護にするのもええけど,ちょっとは先のことも考えたってや」
「おう,気を付ける」
「というか,高遠なら会わせても平気かもしれないな」
「え?」
虎太がそんなことを言い出すとは思わなかった.
でも,俺も高遠ならシェリアも警戒せずに仲良くなれるかもしれないという期待を持っていた.
この場に竜持がいてもも,おそらくそう答えたと思う.
俺達の考えの甘さが,ここに来て出始めたことを思い知らされた.
高遠の言った事,それは多分,いずれぶつかる壁だ.
「とりあえず,シェリアちゃんにもよーく話を聞いてからな.大丈夫そうやったら,誘ってや」
「サンキュ,そうだな.そうさせてもらう」
「竜持にも話してみるよ」
逃げていい話じゃないし,避けられる話でもない.
これからに向けて,俺達は動き始めなきゃならない.
手遅れになる前に,シェリアの幸せを守るためにも.
―守ってる”つもり”じゃ,駄目―
「シェリア,ちょっと相談なんだけどな」
「ンー?」
「俺たちの友達を,お前に会わせたい」
「いい奴だから,きっと仲良くなれると思うんだ」
「無理にとは言いませんが,もしよければ一度お話してみません?」
「おともだち…?」
変革まで,あと少し.
悪魔だって,もう変わり始めた.