凰壮11


「?」



なんだ,あれ.

廊下を歩いている女に,たらりと垂れ下がった尻尾がある.



「…誰だっけ,あいつ」



恐らくスカートの解れにひっかかったであろう,イルミネーションライト.

あのチカチカ光るコード状のアレ.

ほら,クリスマスツリーとかによく巻いてあるだろ?



「なんであんなもん引っ掛けてんだ?」



当の本人は,全く気が付いてない模様.

上手い具合に,床に着かない位置でぶら下がってるもんだから.

変な尻尾になっちまってる.



「アイツ,どっかで見たことあるような…あー…思いだせねー」



興味本位で後を付けていくと,手芸部にたどり着く.

そんな部活あったっけ,覚える気すらない.

中から聞えてくる,小さな音で流れるジングルベルと女子の楽しそうな声.

そういや,ぼちぼちクリスマスだよな.



「シェリアちゃん,ホントおっかしーマジうけるわ〜」

「あんた超可愛い,天然にも程があるっしょ〜」

「だ,だって気付かなかっただもの!」

「いや,まさかライトを引っ掛けてくるとは」

「いつ引っ掛かったの?」

「しかも,それってどこのライトよ?」

「わかんないってば〜!」



やっぱり,気付いてなかったんだな.

あの変な尻尾には.

ていうか,こっち来てる!

やばい,逃げ遅れた…!!!



「ちょっと返してくる!来た道帰ればいいでしょ!」



がらっと扉を開けて,正面から顔を見た.

あ,コイツ知ってるわ.



「あっ…」

「ど,どうも」

「…こちらこそ,どうも」

「何,持ってんの…それ」

「い,イルミネーションライト.クリスマスツリーの」

「そう」

「貴方はこんなところで何してるの?」



挙動不審なお互いが,イルミネーションに目をやった.

思い出したよ.

コイツは,確か駅前でケーキ売ってる店の娘だ.

なんだっけ,名前は…シェリアだったか.



「俺はその,尻尾を追いかけて」

「尻尾?」

「…ちょっと,変な尻尾つけた生き物がいたから」

「…ごめん,頭大丈夫かな?どこかでぶつけてきたの?」



意外にも,ストレートな言葉.

そりゃ俺の言ってること,俺でも意味不明.

何の会話してんだろ.



「あ,いけない.急いでるから」

「ちょっと,待って」

「え?」

「…それ,返しに行くのか?」

「うん」

「どこに返すのか,知ってるのかよ」

「…いいや」



そりゃまぁ,そうだろう.

ひっつけてたことに気付いてないんだもんな.



「たぶん,2階だと思う」

「え?」

「…クリスマスツリー飾ってんの,2階の理科室だけだし」

「あぁ!そうだった!そうだったね,そうだった」



何回そうだったって言うんだよ.



「有難う,助かったよ」

「いや,いいんだ.むしろ変な事言ってごめん」

「いやいやいや!ちょっと疑っちゃったりしてごめんね」

「俺も挙動不審だったし,気にするなよ!」

「えっ自覚あったの?まぁその,えっと,親切くん!私これ返しに行かなきゃいけないからまたね!」



親切くんって俺のことか?

もっと呼び方あっただろうよ.

興ざめしたところで,俺もなんかアホらしくなってきた.

帰ろう.




すると,偶然にも土曜日にシェリアに出会った.

学校が休みで,シェリアは家の手伝いでケーキを売ってるらしい.

サンタの格好が,似合ってない.



「あ!親切くんだ!」

「おま,その呼び方やめろよ」

「でも名前知らないし」

「俺,降矢凰壮.頼むから親切くんはやめてくれ」

「そっかー,んじゃあ凰壮でいい?」

「おう」



いきなり名前呼びとは大胆だな.



「確か君んとこって,三つ子でしょ?お父さんよく来るんだよね」



ちくしょおおお,父さん御用達かよ!

コイツ大胆だなってちょっと勘違いした数分前の自分を殴りたい.

俺,勘違い野郎すぎる.



「クリスマスケーキ,売れてるか?」

「いや,店売りはほとんどだよ.皆事前予約してるから,一握りの駆け込み客狙い」

「ふーん」

「ケーキいる?」

「父さんがもう買ったんだろ」

「いやまぁそうだけど.今食べてみないって意味で聞いたのよ」

「売りもんじゃねーの,それ」

「売り物だけど,お得意様サービス兼,この間のお礼」

「お礼されるようなことしてねーよ」



お礼って,あのライトの在り処答えただけだろ?

そんな大層なもんじゃないよな.



「それがね,あのライト返しに行ったら科学の先生血眼で探してんの,ホント」

「お,おう」

「なんかあのツリーに,世界中のリア中が滅びますようにって願掛けてクリスマス当日に燃やすんだって」

「なにやってんだ先生!!?」

「まぁそんなツリーからライトが消えちゃってパニックだったらしくて,返しに行かなきゃ,校内であぶり出しされてたわ」

「科学の先生って…」

「クリスマス目前で彼女に裏切られたらしいよ」

「あぁそう…ご愁傷様だったんだな」

「すごいよね,なんかもう呪いっていうか…そのたくましい根性を余所に向けたらもっといい恋愛できそうなのに」



なんだ,シェリアって意外に喋るんだな.

にしても,サンタの格好が似合わないなコイツも.



「あ,そうそう,それでケーキ食べる?」

「いいよ,今まだ出かける途中だし」

「あらそう残念」



あわよくば買ってくれたら〜なんて,美味しい話になるわけがない.

2回目にして,俺はシェリアという女に対して不思議が一杯になった.






「凰壮!」



翌日,何故かシェリアに呼びとめられる.

いやいやいや,親しくなったわけじゃねーよな?



「昨日あれからお父さんから電話があって,ケーキ配達にしてくれって言われたんだけど」

「そうなのか?」

「そうなの!それで,当日店が忙しくて私が配達に行くんだけど,凰壮の家ってどこらへんなの?」

「お前んちの店から徒歩5分くらいのとこ」

「駅方面?」

「いや,逆」

「なるほどね,ならすぐわかるかな」

「たぶん」



クリスマスってのは,やっぱり忙しいんだな.



「というかお前,なんか裾にくっついてるぞ」

「え?」



さっきからちらっちら気になっていたんだけどな.

裾になんか,白いのがべったり付いてるんだよ.



「あ!やだ,これ生クリームだ…」



その白いのが揺れるたびに,またなんか尻尾付けてきたのかと思った.

違ったけど.



「なんでンなもんがそこにつくんだ」

「わかんないけど,家の中しょっちゅうクリーム惨劇になってるからいつのまにか着いたんだろうなぁ」

「クリーム惨劇!?」

「よくあることよ…」

「ねーよ…」

「あ!!理科室!」

「ん?」



あっと声を上げて,指差された方向.

クリスマスツリーが,窓から少しだけ見えてる.

ちゃんとライトが点滅してるな.



「あれもあと少しの命か…」

「まぁ科学の先生によって天に召されるわけだが」

「綺麗なのに残念だよね」

「あんな恨みがこもってそうなツリーだと素直に綺麗だと褒められないんだが」

「そうかしら?まぁ,とにかく,おうち分かったからいいや!ありがとねー」



嵐のような女だ!

ていうか,クリームテロみたなのってそんなにあるのかよ.

もはや俺の知らない世界だな.





そしてクリスマス当日,俺は家でごろごろ.

だって彼女いねーし…彼女いないしな!!!

なんてやってたらピンポン.



「あ,こんにちは!凰壮,大変なの!」

「おーお疲れ.なんだ,転んでケーキ潰しちゃったか?」



なんだ,ケーキの配達か.

今日はトナカイの衣装で来たみたいだが,こいつ恥ずかしいとかねーのかな.



「違うのよ,ケーキは無事!そうじゃなくて,クリスマスツリー大炎上が始まっちゃう」

「は?」

「とにかく,一緒に見に行こうよ」

「まぁ…いいけど」



とりあえず,ケーキを冷蔵庫に入れて俺はコートを羽織った.

隣を歩くトナカイ女に,周囲の視線がいたい.

注目されてるのはシェリアのはずなのに,俺が居た堪れない.

何を勘違いしたのか,シェリアは一回転して俺にその衣装を見せ付けてくる.

そんなサービスはいらねぇ.



「見て見て!結構凝った衣装なんだよ!手芸部で作ったんだ〜!」

「あのな,トナカイにはそんな尻尾ねーよ」

「えっ」

「どうみても馬の尻尾だ,それ.角はトナカイだけど」

「…………ら,来年の干支と交ぜてみました的な」

「はいはい」

「トナカイと馬…名付けて,トナウマ!」

「トラウマみたいだな」



とにかく目立つからやめてくれと,なんとか学校にたどり着く.

目的地は校舎裏で,一目散に向かった.

なんか,怪しげな錬成陣みたいなのの真ん中にクリスマスツリーが立っている.

科学の先生が描いたのか?

当の科学の先生は,そのツリーの前に正座して何か祈りを捧げてる.



「始まるんだね」

「むしろ始まっちゃいけねーやつだよコレ」



なんて行ってるそばから,地獄の炎!とか先生が叫んでる.

どう見てもアルコールランプです,マッチをシュッてやってんじゃねーよ.

地獄の炎がそんなヌルイわけねーだろ!!!



「ああああ,燃えてる!」

「おいマジでやんのかよ!水は!?」

「ないよ!」

「はああああ!?ちょ,先生やめろよ!おい!」



大丈夫大丈夫と,先生は言った.

だけどすぐに校長先生と教頭先生が走ってきて,科学の先生は逃げ出した.

燃え盛るツリーに,怒る校長と教頭.

なんだこの光景,切ない.

そして怒られる俺とシェリア.



「「すいませんでした」」



俺達が怒られたのは,科学の先生を止めなかったことと,火遊びはしちゃいけないってことだった.

でもな,俺の横で怒られてるのが,トナカイ女.

俺のクリスマス,なんか切なすぎるだろ.

なにやってんだ俺.

やっと解放されたところで,家に帰ろうと固く誓った.





「凰壮,なんか大変だったね」

「科学の先生,年明け学校にいるかな」

「えっ」

「クビだったら先生悲惨すぎだよな.彼女に職に,失うもん多すぎだぜ?」

「縁起でもないこと言わないでよ!止めなかったこっちが病むわ」

「それもそうだな」



シェリアにトナカイのフードだけは取ってもらって,つなぎで歩かせる.

流石に,同じ思いを何度もしたくはない.



「ねぇ,凰壮」

「なんだ」

「来年もさ,一緒にクリスマス過ごせるといいね」

「は?」

「だって,凰壮と一緒のクリスマスめっちゃ楽しかったもの」

「俺,お前付きあってるわけじゃねーだろ?」

「えー…!」

「俺に彼女ができてなかったら,考えといてやるよ」



こんな格好で,ちょっとアホだけど,シェリアのこと…嫌いじゃないし.

もっと,知りたいと思ったのは事実.



「あー…なるほどね,彼女ね,はぁん,そーゆーことね」



ひとりでブツブツ言い出したトナカイ.



「凰壮!」

「なんだよ,近くで大きな声出すなよ」



たたっと,俺の2歩前に出たトナカイが尻尾を揺らして立ち塞がった.



「凰壮に彼女なんて出来そうにないから,トナカイとケーキ,タダでプレゼントしてあげてもいいよ?」

「…ほー,そうか,父さんに伝えとくよ.ケーキ無料になったって」

「ちょっ…ちがっ,そういう意味じゃなっ…ああああもう!ばかぞう!」

「馬鹿でいいぞ,ラッキー」



トナカイを抜かして,俺は腕を頭の上で組んで歩いた.

その後ろを,追いかけてくるトナカイ.

シュールな図だが,これはこれで思い出深いんじゃないだろうか.





だって,俺と今の嫁の出会いだしな.



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