トラブルキャンセラー03
ざっくりとまとめると,トラブルキャンセラーはアンハッピーコンデンサのときよりも厄介だということがわかった.
たった少しのことが分かったというだけで,対処法はまだだ.
まずひとつ,今回のゲームは俺達の手元にアプリケーションはない.
だからプログラムを解読するという方法が使えない.
そしてふたつめ,今の段階では送られてくるメールの配信元が特定できない.
また,それを防ぐ手立ても拒否する方法もない.
つまり,完全に受け身体勢でゲームに望まないといけないということだろう.
「8時か…昨日もこのくらいの時間に来たんスよね」
「おーそうだったっけ.でも,まだメール開かない方がいいんだろ?」
「たぶん」
「でも,これって無視するとどうなるんだろうね」
「さぁ」
「あー…だるい」
間延びして,すっとぼけたような先輩の声.
昔から先輩は,言うまでは忘れてましたってことが多い.
思い出すだけマシなのかもしれないけど.
「竜持が言ってたんスけど,先輩って頭いいんッスよね?」
「頭は別に良くはないぜ?むしろ並っつーか,それ以下じゃね」
「でも,竜持と同じ塾行けるくらいだから…それなりの成績なんっしょ?」
「成績,ね.所詮他人が見たアタシの評価だろ.どうでもいいわ」
「いや,今のご時世,成績とルックス重視になったんスから,ちょっとは気にしましょーよ」
「面接官のおっさんかお前は」
言葉のチョイスをミスッたのか,ちょっとイラつかせてしまったっぽい.
成績が良いって,ほめ言葉だと思ったんだけど.
ま,シェリア先輩ってほとんど授業出てないし,不良だし,そういうもんなの?
同じような不良の俺にもわかんねぇ.
「それこそ,アタシのことなんざどうでもいいから,このゲームをなんとかしねーとマズイんだろ」
「そうなんスよねー」
「だとすると凰壮,お前あんまアタシに関わらない方がいいんじゃねぇか?」
「えっ」
「トラウマじゃねーの?コレがどういうもんなのか知ってるんなら,わざわざ首突っ込んでくるようなことじゃねーし」
「でも」
「偽善とか気の迷いでの手助けなんてアタシはいらないけど?」
「そういうんじゃねぇよ!俺は,シェリア先輩が死んだら嫌だし」
「…アタシは,死なないね」
先輩のぐっと飲み込んだような声が,重たくのしかかる.
「なんで,言いきれるんですか」
「死ぬ気なんてサラサラないから」
「絶体絶命でも?」
「たかが”ゲーム”じゃ負ける気なんてないしな」
馬鹿だ,先輩は何も分かってない.
このゲームがどんなに恐ろしいのか.
命なんて,簡単に奪ってしまうゲームだっていうのに.
「そのたかがゲームで死んだら,俺腹抱えて笑ってやりますから」
「あっそ」
「あっそって…うおっ!?なんだァ!?何の音!?」
「ん?アタシの携帯だ」
ふと,キンキンとした音を立てて鳴りだす先輩の携帯.
先輩の顔を見る限り,着信でもなさそうだ.
「鳴り止まないな」
「ちょ,なんなんっすか!?」
「んー…どうやら,トラベルキャンセラーは短気みてーだぜ」
「あ?」
シェリア先輩は,すっと画面をスライドさせて俺に見せた.
未読になっていたはずの,あのメールを開いて.
するとどうだろう,あの騒音はぴたりと止まってしまった.
「ジャスト11時.メールがきてから3時間だぜ.いい加減メール見ろってか」
「んなっ!?まさか」
「でも,開いた途端に止まったんだ.そういうことじゃねーの?」
「選択肢は!?」
「はい,でいいだろ?回避率高いんだし」
「そういう問題じゃ…いいえにすればいいじゃん!」
「いいえ,ね.それで終わるヤツだとは思わないんだけどなー」
「でも,リスクは少しでも回避すべきでしょーが!」
「うるせーな,お前.ほんっと,キャンキャン吠える犬かよ」
あァ,いっそ犬でもいいね.
命が掛かってるっていうのに,こんなにも余裕を見せ付けられるなんて!
この人は,俺がどれだけ心配してるのか全くわかっちゃいねぇ.
危ないっつーのに.
「嫌なら関わるな,さっき言ったばっかだろ.うるせーんだよ」
「ぐほっ」
右の脛を蹴られて,俺は両手でそこを抱えた.
そりゃもう,いてぇ!なんてもんじゃ….
ホント先輩って暴力に容赦ねぇ!
「選択肢はいにしたけど,なんも起こらないな」
「…確かに」
昨日みたいに,突然何か起こるってわけじゃないのか?
いや,気を抜くな.
油断から,何が起こるかなんてわからない.
身構えろ,考えるんだ.
「シェリア先輩,ゼッタイに俺が守りますんで安心しててくださいね」
「いや,いい」
「ちょっとは頼ってくれてもいーっすよ!?」
「いやいや,凰壮に頼るくらいならアタシ自分で解決する」
「ひでえ!でも,俺は逃げたくねぇ.だから,先輩がなんて言おうとたぶん首突っ込むからな」
「生意気」
「ぬおおお!?腹パン2回目だと…」
啖呵を切っても,やっぱり良い所で決まらない俺.
呻いて,膝を折る.
ていうか,ホントにシェリア先輩って容赦がない.
清清しいほどに,たくましい.
「あれ?先輩メール来てないッスか?」
「あー…ホントだ.なんだ,トラブル回避成功って」
「えっクリア?なんで?」
「知らねーよ.でもクリアなんだろ,いいじゃん」
「えええええなんだそれ!そんなのってあるのか!?」
あんまりにも,何もなさすぎて驚きは隠せない.
むしろ,有難いとはいえど,物足りないとか思っちまうだろ.
なんで,クリアなんだ?
何が,クリアなんだろう.
「今日のトラブル1件が終わったんなら,もういいな.アタシ帰る」
「え?授業は?学校は?」
「関係ねーよ.やってろばーか」
なんてかっこいい後姿だ…じゃなくて!
普通に帰っちゃうのかよ!
なんだか,場慣れしてんのかな先輩って.
ほら,けんかとかで修羅場くぐってそうだし.
俺,ちょっと不安になったけど,同時に大丈夫かもって思ったわ.