トラブルキャンセラー01


ちょっと昔,虎太とその彼女が恐ろしいゲームに巻き込まれたことがある.

何が恐ろしいかっていうと,そのゲームは命が危険に晒されてしまうのだ.

ただ,そのゲームは既に消えてなくなり,わずかな人数を残して,もう誰の記憶にも残っていない.

当時,それはアンハッピーコンデンサと呼ばれた.

人を不幸にして,それを数値かしたものを溜めていくシステム.

元々のゲームを作った犯人と言われる男は既に逮捕,今や檻の中.

しかし,そこにあった別の何かが解決したわけじゃない.

最も,それはもうゼッタイに明けてはいけないパンドラの箱と一緒で,俺達の中でも口にしてはいけないのが暗黙のルール.

何事もなかったように,息を潜めたそれを追う事など持っての外だった.



そして,だ.

そんなことを口にしなくなると,どうしても記憶から薄れてしまう.

たった一瞬の隙を突いたかのように蘇ることもあるけれど,別に当事者じゃない俺とかは特に忘れやすくもなる.

だが,今日は不思議なことに俺は妙な不安を抱えていた.

思い出したのだ,あの日を.

なんとか生き延びた虎太とその彼女をただただ見つめていた俺.

たかがゲームだと軽々しく見ていたのに.

ふと,心の底で,”あれ”はまだどこかで生きてるんじゃないかと思ってしまった.





そんな俺も,普通に学校に行って普通の生活を送ってはいる.

それが当然だったんだ.



「ぼけっとしてんなよ凰壮.おい,聞いてるか?」

「んぁ?さーせん,何です?シェリア先輩,どうしたんスか?」

「ったく,しょうがねぇなぁ.凰壮,なんか変なメールがきちまってんだけどお前こういうの分かる?」



呼び出された屋上で待つ,俺のいっこ上の先輩.

スマートフォンに写し出された,怪しげな画面.

それはメールらしいのだが,どう見ても迷惑メールだと思う.

まぁ,ちょっと奇抜っちゃ奇抜だけど触らなければ大丈夫なんじゃないか.



「先輩,アダルトサイトでもクリックしたんじゃねーの」

「おめーじゃあるまいし,バーカ」



こんなに口が悪いが,シェリア先輩は女だ.

一見,いかにも大人しそうなお嬢様だが,世の中そんなに甘くない.

口を開かなくても,目つきや姿勢,態度がクソ悪いし,言葉遣いも聞いての通り.

ちょっと気安く話しかけようもんなら,尖ったナイフの如く…言葉がグサッだ.

俺もなんども泣かされそうになった.



「アタシ,アド変とかあんましたくねーんだよ.つーか,こういうのって拒否れねーの?」

「拒否っても,一番違いの数字とかで送られてくるんで意味ないと思うッス」

「えー」

「でも,アドレス変えたらしばらく来ないんですから,いっそ変えたら?」

「んー…しゃぁねぇか」



手際良くスマフォをいじる先輩.

すぐに俺の携帯を鳴らして,アドレス変更しましたって.

なんだ,携帯苦手じゃないじゃんか.



「アタシさー…恋人が変わる度にアドレス変えるようなクソみたいなことする奴の気がしれねぇんだよ.クソうぜぇ」

「なんで嫌なんスか?」

「度々うぜぇ」

「分からなくもないけど,記念って奴じゃね」

「へー…お前,そーいうの嬉しいわけ?」

「いや,面倒なんで嫌っす」

「ふーん,気が合うねェ」



シェリア先輩の新しいアドレスを登録しなおした.

つーか,前とほぼ一緒.

そういえば俺にも彼女がいた気がするけど,そういうアドレスを記念に作ってた気がする.

そんなlave.ouzoみたいなのが入ったアドレスだったかもしれない.



「ん?ありり,なんかまたメール着てるんだけど」

「え?アド変了解みたいな?」

「いーや,タイトルとかさっきのと一緒みてぇだよ.今度は添付ファイル付き」

「今アド変えたばっか,なのに?」

「なんだよこれ,まさかエロ画像じゃねーだろーな」

「あ,先輩!待って,迂闊に開いちゃ駄目だ…!」

「え?でも画像だぜ?」



それは既に遅い呼びかけ.

先輩は,その綺麗な指で画面をタッチしている.



「あ」

「ど,どうしたんスか」

「画面変わって登録完了って,なんだこれ」



ざーっと流れるスクロールを見守ると,一番下に登録完了の文字.

その動き,揺らめくビビッドカラーには見覚えがある.

俺はそのときやっと,記憶の糸が繋がって,気持ち悪くなった.

アイツだ.

直感がそう訴えている.



「なんの登録が完了したんだろ?」

「ちょっと,借りても?」

「ん」



先輩のスマフォを借りて,俺はゆっくりとその画面に目を通した.

そこには,「本日のトラブル数2件」と「現在の回避率99%」の文字.

そのひとつ下には,「危険度」なるものも.

嫌な予感と言うのは,やはり当たるものなのか.

スクロールを遡って,一番上にあるタイトルが目に焼き付いて離れない.





混乱した俺は先輩の携帯を思わず落としてしまう.

怒る先輩.



「あー!凰壮テメー!!!傷が入ったらどうすんだよ!」



ただただ清清しいばかりのストレートを食らって,俺は沈んだ.

これが夢だったらいいのに,と心の底で強く強く思いながら.




始まりは,突然に.

ヤバイと思った時には,もう遅かったりする.



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