おうちにようじょがやってきた 番外‐竜持03‐
「竜持兄,時間ある?ちょっと相談したいんだけど」
「どうしました?」
「昨日,ジョセフおじさまからお手紙が来たの」
シェリアさんのご友人…とでも言うんでしょうか.
ジョセフさんといえば,以前シェリアさんの里親をしたいと言っていたおじさんです.
あれから,年に数回遊びに行ったり,手紙のやりとりをしていたのは知ってるんですが.
「今年も冬休みに遊びに来ないかってことなんだけど,お兄ちゃんも一緒にいかない?」
「え,僕ですか?虎太くんや凰壮くんは?」
「送られてきたチケットは,2枚.本当はパパと行く予定だったんだけど,パパに聞いたら都合つかなくて行けないみたいで…」
「そうだったんですか」
「それで…せっかくだから,竜持兄とどうかなって思ったんだけど…」
行きたいのは山々なんですけど,予定が空いてましたっけ?
手帳を開けば,冬休みの予定はまばら.
この様子だと都合は付きそうですけど….
「あと,これ…」
「あ,それシェリアさんが持ってたんですか」
「勝手に見ちゃってごめんね.留学…考えてるの?」
差し出されたのは,学校で貰った留学のパンフレットでした.
失くしたと思ってたんですが,シェリアさんが持ってたんですか.
「勧められたんですよ,学校に.僕の成績なら,なんとか行けるみたいですし」
「頭いいもんね,竜持兄」
「でも,まだ両親にも話してません.正直,悩ましいところでもあるんです」
「それこそさ,一緒に海外行ってみない?それで,数日だけど自分の力試ししてみたら?」
「あぁ,それはいいかもしれません.シェリアさんが一緒なら,安心ですし」
「じゃあ,一緒に行ってくれる?」
「えぇ,でも,僕は海外での経験は少ないですから…事実上の保護者にしかなれませんよ?」
「大丈夫!有難う,早速パパに報告してくる!」
発つまでには,少し時間があるので支度をしておかなければ.
虎太くんと凰壮くんにバレたら,相当怒られそうですね.
これじゃあ,抜け駆けみたいなもんですよ….
でも,誘ってくれたのはシェリアさんだし,選ばれたのが僕なんですけどね!!!
「パスポート持った?」
「はい」
飛行機に乗って,いざジョセフさんのもとへ.
玄関出るときに凰壮くんが嫌味ったらしくお土産を要求してきたので,帰りに役に立ちそうにない人形の置物でも買ってやりましょう.
悪態をついておいて,美味しいものを買ってきてもらえるなんて思わないことですね!
…不機嫌だった虎太くんには何か名物でいいでしょう.
道中は,何とか乗り切れました.
文字が表記してあるので,読むのは大丈夫そうです.
空港に着いてみれば,お出迎えが既に準備万端ですね.
-「ミスタージョセフ!」
-「やぁ,シェリア.待っていたよ.君がシェリアのお兄さんだね」
-「初めまして,降矢竜持と言います」
-「よろしく,竜持.こちらに来るのは初めてかい?」
「えっと…」
「こっちに来るのは初めてなのかって言ってるよ」
-「はい,そうです.妹共々,数日の間よろしくお願いします」
-「はは,そう堅くならなくてもいい.とりあえず,ここじゃあなんだ.うちに行こう」
言葉の壁,さっそくぶつかったんですけど.
シェリアさんがいないと,ネイティブには順応できませんね.
まさに,習うより馴れろなんでしょう.
-「ここが君の部屋だよ.好きに使ってくれ」
-「ありがとうございます」
用意してもらったのは,シェリアさんと別.
まぁ当然と言えば当然ですけど,心細いですねー….
「竜持兄,荷物置いたらご飯にしようって」
「わかりました」
「…なんだかいきなり疲れた顔してる,やっぱり辛かった?」
「そうですね,舐めてました」
「でも,大丈夫.大切なのはハート!伝えようとする意思があれば,皆親切に聞いてくれるよ!」
我が妹ながら,彼女の能力は本当に凄いです.
幼い頃の境遇から,今に至るまでの彼女の努力の成果なんでしょうね.
少し,羨ましいです.
-「竜持,君は三つ子なんだってね?シェリアから聞いたよ」
-「はい」
-「いつも,うちに来るとシェリアは君達の自慢ばっかりしてるんだよ」
-「ジョセフおじさま!」
-「ハハ,すまないすまない」
へー…シェリアさんが.
なんて考えてる暇ないんですよ,聞き逃せば何言ってるのかサッパリなんです.
-「ご飯食べたら,買い物に行こっかなぁ」
-「買い物?私は着いていけないが,車を出そうか」
-「ううん!大丈夫,お兄ちゃんと一緒に歩いてお出掛けしたいから」
-「そうかい?困ったらいつでも連絡しておいで.ゆっくり楽しんでくるといいよ」
-「ありがとう,おじさま」
早い早い早い,何言ってるのかわかりませんよ!
どうにも会話には置いてけぼりになってしまいます.
そういえば青砥くんのときもこんなことありましたね….
席を外れたら,後でシェリアさんに聞こう….
「シェリアさん,お小遣いはどうしたんですか?」
「パパから預かってきたよ.あと,おじさまからも非常用にって」
「…それ,あの…カードですよね……」
「そうそう,でも,おじさまのは本当に困ったときようのだから使わないよ」
「是非そうしてください」
「お土産は帰る前の日でいいから,今日は自分の欲しいものを探そうね」
「何が欲しいんですか?」
「これが欲しいってものはないけれど,いろいろ見て回ろ?お兄ちゃんのお勉強も兼ねてね」
「…そうですね,じゃあ迷子にならないよう案内お願いします」
「まっかせて!」
流石,何度も着てるだけあってお店とかは把握してるっぽいです.
まず立ち寄ったのは本屋.
いきなり本ですか.
「ここに来てね,いつも一冊本を買うようにしてるの」
「へー…うわ,全部外国語ですか」
「当たり前でしょう?お兄ちゃんってばもー」
「それもそうでした.これ,一冊を読んで理解するだけで相当鍛えられそうですね…」
「絵本から始めれば」
「いやいやいや,それは流石に…」
「馬鹿にしたら駄目よ.童話訳すだけでも相当難しいよ」
「そういうもんですかね」
「じゃあ私が決めてあげるね」
そう言って,シェリアさんは僕の意思なく本を決めてしまいました.
帰ってからのお楽しみだそうで,今はお預けです.
何の本にしたんでしょうね?
続いて向かうのは,お洒落なのに落ち着いた雑貨屋ですね.
「ここの雑貨,男性向けなんだって.竜持兄,中見てみない?」
「はい」
-「いらっしゃいませ」
「見て見て!あのストールお洒落だね」
「そうですね」
-「あら,日本から来た人?」
-「ええ!そうなんですよ〜!」
-「そちらの素敵な彼,貴女の恋人かしら?」
-「えー?そう見えます?実はこれでも,兄妹なんですよ」
-「あら…!じゃあお兄さんに似合う素敵なアイテムを探してみてね」
-「ありがとう!」
シェリアさんの順応すごいですねー…おそらく僕の話題なのに僕スルーです.
いいんです,今は耳の特訓ですから.
とかなんとか言ってたら,店員のお姉さんにウインクされてしまいました.
「今の人,竜持兄のこと素敵って言ってたよ」
「え」
「一目惚れだったりして〜」
「な,シェリアさん何言ってるんですか」
こうしてからかわれるのって,今も昔も変わらないまんまなんですよね.
リラックス,肩の力が降ります.
その店では,シェリアさんに選んでもらって栞を買ってもらいました.
本に合わせてプレゼントらしいです.
その後も適当に回って,買い物と食事をして,家に帰りました.
「お疲れ様,大変だった?」
「1人だったら,外に出たくないですね」
「こんな旅行でナーバスになってちゃ,留学なんて出来ないよ?」
「いいです…世間の厳しさを受け入れますからいいんです」
「もー…!」
夕食は,ジョセフさんと一緒に3人で取りました.
そりゃもう,豪華豪勢でした.
で,今はシェリアさんはお風呂に,僕はジョセフさんに引き止められています.
-「なぁ竜持,シェリアは向こうで元気にやっているのかね?」
-「はい,頑張って学校に行っています」
-「そうか…それなら安心だな.あの子も大きくなって,ここに呼ぶのもそろそろ申し訳なくてね」
-「えっと…シェリアさんは,いつもここに来るのをすごく楽しみにしてますよ」
-「あの子は優しい子だからね.君の方が良く知ってるかもしれないが」
ジョセフさんには,どうしようもなくいい思い出がないんですよ.
でも,話してみれば普通に良いおじさん.
しかも,紳士でダンディーで….
-「ジョセフさんは,シェリアさんを今も娘さんのように思ってらっしゃるんですか?」
-「確かに,娘のように可愛いとは思うね.だけど,それ以上に私が心を許した無二の友人だよ」
この人は,きっと変わったんでしょうね.
僕がそうだったように,シェリアさんと出会って,時間を過ごして.
-「あれ,2人ともまだここにいたのね!そろそろ寝ないと,明日起きれないよ」
-「ふむ,シェリアの言う通りだね.今日はしっかり休むといいよ.飛行機の疲れもあるし」
-「おやすみなさい!」
-「おやすみなさい,ジョセフさん」
-「あぁ,おやすみ」
それからは,あっという間でした.
3人で出かけたり,1人で散歩したり,いろいろしましたね.
でも,結論的に言えば僕が外国で1人ってのは厳しいと痛感しました.
滞在最終日は,お土産を購入して,空港へ.
-「はー…楽しい時間はすぐに過ぎてしまうな」
-「寂しいなー…!」
-「そうですね,名残惜しいです」
-「是非,また遊びにおいで」
-「うん!ありがとう!お土産いーーっぱい買ってくるね!」
-「それは楽しみだ」
空港では,壮大なお見送りでした.
それはもう,黒服がずらーっと道を作って,なんですかこれ.
-「竜持,これからもシェリアをよろしく頼むよ.お兄さんとして,しっかり支えてやってくれ」
-「はい」
-「お父さんやご家族にもよろしく伝えてくれるかな」
-「わかりました,約束します」
-「それと…だが,君さえよければまたここにおいで」
-「え?」
-「君も,今はもう私の友人だろう?…違ったかね?」
-「い,いえ!是非,機会があればもう一度!次までに,もっと勉強して言葉を覚えます」
-「ははは,そうか.それは楽しみだな!」
ホント,良い人で…思わずうるっと来てしまいました.
そうして,僕達はこの地を飛び発ったのです.
帰国後,凰壮くんにはちょっとエグめの人形を渡しました.
虎太くんには,現地で流行りのスイーツ.
当然ぎゃんぎゃん言われましたが.
「そうだ,竜持兄!これ,渡すの忘れてたよ」
「あぁ,そうでしたね」
「本買ったでしょ?それと,栞だよ」
「…これって」
「原作が日本だから,分かりやすいと思ってその本にしたんだけど」
「童話はやめたんですか?」
「竜持兄のことは私,よーく知ってるよ?そのくらい,余裕,でしょ?」
ホント上手くのっけますね.
本の表紙には,ローマ字で書かれた「源氏物語」.
昔,シェリアさんに音読してくれなんて言われましたよ.
覚えててこれを選んだんでしょうか.
「ふふ,一度自分流に訳してみます.それが出来たら,読んでもらっても?」
「当然だよ!しーっかり厳しく添削してあげる!」
「……お手柔らかにお願いしますよ」
「だーめ!次,また一緒に行ってくれるんでしょ?ていうか,絶対だもんっ」
「!」
「だから,勉強だよ!」
これは,予想だにしない申し出ですね.
留学は諦めましたけど,次の目標が出来たので結果オーライでしょうか?
「あのさ,竜持兄」
「どうしました?」
「ありがとう」
「…お礼を言うのは僕の方なんですけど」
「それでも,楽しい思い出がいっぱいできたよ.次への約束までしてくれた.嬉しいんだ,家族って凄いね」
「…凄いのはシェリアさんですよ」
嬉しそうに語るシェリアさん.
僕の言葉に,きょとんとした顔.
そんな彼女の頭に手を乗っけて,僕は心から思いました.
「そんなシェリアさんが,僕の妹で僕は幸せです.ありがとう」
これは,僕が僕らしくいることの出来る場所を見つけた,大学2年の思い出に一番残った出来事でした.