アンハッピーコンデンサ33


アンハッピーコンデンサは,もうただのゲームじゃない.

だけど,ゲームを止めなければ,私は死ぬ.

この状況で,動けるのは私だけ.



「…この人を,殺す…?」



いや,駄目だ.

この人を殺したって誰も助からない.

止めたいのは,あくまで勝手に動き続けるゲームなのだ.

もう,男の制御の意味を成さないこのゲームは,意思を持っていると言っても過言じゃない.

だから,この男に何かをするというのは意味がないはず.



「…荷物を,退けるか」



これだけの量,しかも私の力じゃ,とてもじゃないが運べるようなものではない.

仮に動かせたとしても,明らかに時間が足りない.

ならば,他に…一体どういう方法が….

ぐるぐると回る思考に,目を閉じる.




「…シェリア」

「虎太くん!」

「大丈夫だ,俺が…付いてる」

「うんっ…大丈夫だよね.なんとか,するから!諦めないからね」



すっと,虎太くんが手を伸ばす.

痛みで辛いのに,こんなときまで私に力をくれる.

その手を取って,両手でぎゅうっと包んだ.

それから虎太くんがふっと笑う.



「…それでこそ,だな.俺なら,平気だから…無理はすんな」

「うん…」



私は,しっかりと頷いてからそっと手を置いた.

動こう,まずは,それから.

何か…何かあるはずだ.



「…止める方法…何か…何か…ないの…!」



手元にある携帯を開いて,コンデンサのアプリを起動.

そこには,カウントダウンと現在のコンデンサのケージがただ書いてあるだけ.

残り時間6時間48分,コンデンサ100%と.



「…ねぇ,私の他にもプレイヤーはいるの?」

「…いるよ?何人かは知らないけどね.そいつらも,僕がここで死ねば終わりさ」

「解除パスワードを,教える気にはならない?」

「ハハハ,シェリアちゃんはおかしなことを聞くね.どうせ,喋ったところで僕は終わり.だったら,皆道連れにしてやるよ」

「最低…!」

「なんとでも言えばいいよ.どーせ君も死ぬし」



どうしてこんな,下衆でいられるんだろう.

何が,この人をこんなに歪めたかはわからない.

それでも,一生この人と相容れることはないと感じた.



「…他の人も,助けなきゃ…」

「正義のヒーローにでもなるつもり?見知らぬやつのためなんかにさぁ?」

「黙ってて!」

「おお怖い!でも,結局それは君の偽善でしかないんだよ.無知で愚かな人間が,罰せられるのは当然の事だ」

「…だったら,そんな常識は私が変えるよ.貴方は,人の強さも優しさも知らないから…そんなに卑屈なのね」

「厳しさなんて,ただのエゴだ…人は,己に甘いくせに,他人には枷を付けたがる…だから,それを見て多くの人は同情するんだ.それを優しさと思い込んでるだけに過ぎないね」

「可哀想」

「それだって同情だろ!」

「…誰も,わかってくれなかったんだよね?」

「!」



男は,はっきりと動揺を見せる.

よく喋る口は,図星を当てられると無口になるらしい.

結局,この男は…自分を受け入れてくれる人がいなかった.

だから,世間や人を憎んでいる.



「大丈夫だよ,そんなに否定しないで」

「やめろ…哀れむな!」

「もし,ここで私達が助かったら…私の事信じてよ.絶対に,貴方を見捨てたりしないから」

「何を…」

「それで貴方が,少しでも救われるなら…私がアンハッピーコンデンサをダンロードした意味もあるでしょう?」

「!」

「だから,無知でも愚かでも,そんな人間を信じてみて.信じて変わることができたなら,貴方はもう…何からも逃げ出さなくていいんだから」



だって,私も変われたよ.

男は反論することもないまま,私を見上げていた.

私は甘いのかもしれない.

こんな非道なヤツも,助けようと思っている…この性根は.





「…はぁ」





それから,ああでもない,こうでもないといろいろ考えていた.

既に,何時間か経っただろうか?

タイムリミットも,携帯の充電も,そろそろ危ない.

余裕はないものの,かろうじて平常心だけは保っていた.




「…アンハッピーコンデンサなんて,なくなればいいのに!もう!」




言ってて虚しいのは,この言葉が現実逃避にしか聞こえないから.

自分を偽るのは,やめると誓ったはずだ.

心の中の4人の私に誓ったよね,もう二度と私という人格がバラバラになってしまわないように.



「…知恵を,貸して.私なら,もっといいアイディアを持ってるでしょ…」



振り絞って,頭を動かせば,脳内に賢い私が浮かんでくる.

そして,そっと声が聞えたような気がした.



「…アンハッピーコンデンサなんて,なくなればいいのに?」



なぞるように,口を動かして,声にした.

でも,それは私がさっき言葉にしたはずだ.

どういう…?



「!」



そうか,分かった…!

何も,止めるだけが…答えじゃない.

私には,今止める以外にもアンハッピーコンデンサをなんとかする方法があるじゃないか…!

それに気付いた時,手は力を込めて拳を作った.

助かる,そう確信して.






「虎太くん…」


虎太くんの側に,ぺたんと座る.

虎太くんは,気を失っているのか,目を閉じたまま.

一か八か,なんだ.

私に,勇気をください.



「…これで最後.私に,力を貸して」



黙って,顔を近づける.

触れるだけ,そっと唇に自分の唇を重ねてすぐに離れた.

ごめんね,ファーストキスを勝手に捧げてしまって.

自然と笑みがこぼれてきて,私は立ち上がった.

いざ,ラストアンハッピーを迎え討ってやるんだから.






タイムリミットまで,あと2時間.



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