アンハッピーコンデンサ32
涙が止まらなかった.
虎太くんを失うなんて,嫌なの.
最悪の場合は,私が身代わりになって死んでもいい.
そんなことを思いながら,私は絶望で顔を上げる事すらしないのだ.
「…アハハハハ!すごいな,アンハッピーコンデンサ.さすが,僕の作ったゲームだ」
「くっ…」
「全部計画どおりに上手く行って,気分がいいよ」
計画,この男が指す計画なんて…どうせくだらないことだろう.
そんなものの為に,虎太くんを傷つけられるなんて真っ平だ.
「まだ8時間あるけど,そろそろゲームを終わらせてあげようか?」
「てめぇ…どこまでシェリアを弄ぶつもりだ」
「何言ってるんだよ,シェリアちゃんはもう僕のモノなんだ.だから,その生死を握ってるのも僕ってことだよ」
「ふざけんなっ!」
「怖い怖い…だけど,お前がシェリアちゃんに惚れてることは分かってるさ.だから,僕は自分の身を守るために,シェリアちゃんを盾にする」
「クズ野郎…,てめぇだけは許さねぇ…!」
「なんとでも言えばいいよ.ま,お前の生死も,僕の手中にあることを忘れないでよね」
駄目よ,虎太くん.
上手く諂えば,せっかく助かるかもしれないのに.
私はただただ滲んだ視界で,二人を見つめて.
「お願いします,虎太くんを…帰してあげてください」
「シェリア…何言って」
「私,もう金輪際彼とは関わらないし,貴方に何でも従います.だから…彼だけは助けてください,私ならどうなってもいいから…!」
「シェリア,やめろ!」
「虎太くん,生き残るためには…こうするしかないの.この1ヶ月間,本当にありがとう…私の事,忘れないでね…」
「シェリアちゃん,甘いねぇ」
「え…」
「自分の命より,こんな奴の命が大事?」
無言で,頷いた.
急いで告げた別れの挨拶に,虎太くんの怒号が飛ぶ.
こういう身勝手な行動はもうしないって約束したのに,破ってごめんなさい.
でも,私…負けないから.
この男に身体は屈しても,心までは渡さない.
「…じゃあ,僕の命令は聞いてくれるね?」
「…はい」
「オーケー,なら自分の携帯を出して」
言う通りに,私は携帯を出して男に差し出した.
男は,ニヤッと笑う.
「降矢虎太に,コンデンサを使って」
「「!」」
「どうしたの?何でも聞いてくれるんだよね?」
「そ,それは…」
「僕なりの優しさで,死なない程度で済ませてあげようと思ってるんだけど…シェリアちゃんが出来ないなら僕がやってもいいんだよ」
「てめぇえええ!」
そんな…こと,できるわけない.
携帯を握り締めて,固まった身体を揺さぶる男.
やらなきゃ,殺される…でも….
「つまんないなー…じゃあもういいよ」
「え!」
「僕がやるから」
男は,見せしめのように携帯を高く掲げてボタンを押そうとした.
やだやだやだ!
虎太くんは,生きなきゃだめなの…!
絶対に,死なせない.
「だめっ」
「な,何する…うわっ!?」
私は,身体を起こして男に飛びついた.
靴を履いてない足が,散らばった小さな廃材を踏んで血が滲む.
だけど,そんな痛みはなんてことなく,私は夢中で男にしがみつく.
「それだけは…だめ…駄目!やめて!」
バランスを崩した男は,携帯を地面に落として横倒れて転がる.
その瞬間,虎太くんは動き出していたのが見えた.
すぐに立ち直った男に,私は頬を強く叩かれて,腹を蹴られた.
だけど,男は虎太くんに気付いて,急いで携帯を拾おうと手を伸ばす.
「させねぇよ」
「!」
虎太くんは,男の携帯を遠くへ蹴っ飛ばした.
飛んでいく携帯は,ガシャンと壁にぶつかって,落ちる.
おそらくもう,機能することはないだろう男の携帯.
だって,虎太くんのシュートだもん!
「ははっ,形勢逆転…だぜ」
「…くっ」
「シェリアから離れな,このウジ虫野郎!」
うずくまる私から,男は少し引き下がった.
逃げようとしているのか,出口に視線を投げながら.
「…シェリア!」
「だい,じょうぶ…」
ふらふらとなる身体を支えてもらって,私はなんとか立ち上がる.
自分の携帯を握り締めて,男に向けた.
さぁ,今度はあなたの番よ,と.
「…なんで,なんで…!僕の思い通りだったのに!」
発狂したように,男は叫び出す.
逆転したこの状況で,今度は私達が男と命のやりとりする瞬間だった.
「完璧だった!なのに,なんでこんなことに…全部,降矢虎太,お前のせいだ!」
「違う,全部貴方の自業自得じゃない!言い掛りだよ!」
「ねぇシェリアちゃん!僕は君が好きなんだよ!愛してるんだ…なのに!なんで!喜んでよ!笑ってよ!」
「私は,嫌いよ…貴方なんて,大嫌い!」
「シェリアちゃんがゲームを始めてから,僕は君を監視していくうちにどんどん好きになった…!だけど,降矢とつるんで…二人がくっつこうとするのは許せなくて」
男の,泣き顔は心を揺さぶる.
だけど,妥協してはいけない.
許してはいけないのだ.
「まさか,僕の父さんまで君に取り入られるなんて,どうしようかと思って…」
「父さん…?」
「どういう,…まさか!お前!」
「虎太くん?」
「やっと,分かった.お前,校長の息子だろ…!」
「…ッち,ちが…!」
「えっ?」
「どこかで見た顔だとは,思ってたけど…そういうことか」
校長先生の,子供?
どこで繋がったのか,私は目を丸くした.
虎太くんが指した言葉に,男ははっと息を飲む.
男は益々焦って言葉を早めた.
…校長先生の,名前は確か….
「お前の名前,宛ててやるよ」
「ひっ」
「てめーで作ったゲームだろ?まずは,自分で遊んでみろよ!」
「や,やめっ…」
虎太くんの脅しに,男は勢いを殺され,ただただ小さくなっていく.
そして,我慢しきれなくなったのか,何かを口走りながら走って出口に逃げた.
追いかけた虎太くんが,男を捕まえる.
掴みあって,揉み合う二人.
でも,ドアを出れば,すぐに階段があったはずじゃ…!
「待って!!危ないっ!」
一瞬のことに,叫ぶのが遅れて,視界から二人は消えていく.
地面にぶつかった鈍い音.
私は急いで扉をくぐり,階段を駆け下りた.
「…ぁ,こ,虎太くん!!!」
落ちた衝撃でなのか,周りの荷物がゆらゆらとしていた.
男も虎太くんも,意識はあるものの動けないみたいだ.
外に,出ないと私が振り返って外に出るドアを探したとき,雪崩は始まった.
荷物が崩れ,辺りに散らばっていく.
…これじゃあ,出られない!
「…かはっ」
「…ぐっ…シェリア…」
「だ,駄目!動いちゃ…!」
「…っ」
「ねぇ貴方!ゲームの解除パスワードを教えて!ここから出なきゃ…私達このまま助からないよ!」
「…やだね」
男は,笑って拒んだ.
どうやら,心中でもするつもりなのか…それ以上喋ろうともしなかった.
虎太くんは苦しそうで,歯を食い縛っている.
どうしよう…ここで,助かる方法を探さないと.
…私は,どうすれば….
「アンハッピーコンデンサを,止める方法は…他に…ないの?」
ゆっくり,深呼吸.
こういうときほど,焦ってはいけない.
そうだよね,虎太くん?
待ってて,絶対に…助けるから.
タイムリミットまで,あと7時間.