アンハッピーコンデンサ30


5時に家を出て,待ち合わせ場所に向かっていた.

だけど,気が付けば私は暗い部屋で横たわっている.

…とても頭が痛い.



「…時間!」



壁に掛かっている時計は,7時20分を回ったところだ.

遅刻しちゃった…なんて悠長なことを言ってる場合じゃない.

ここは,どこだろう?



「…鞄は…ある…けど」



所持品は無事みたいだった.

でも,携帯と手袋と靴はない.

自分でここまで来た記憶はないし,ズキズキと痛む頭を使って記憶を手繰り寄せる.



「…いつも通りに,学校へ行こうとして…それから…」



そうだ,名前を呼ばれたのだ.

細い路地から声がして,私は確かに振り返った.

でも,そこからの記憶が思い出せない.

…誰だったのか,私を呼んだ声の主は.

冷静に,状況を確認する.



「…出口」



今は,ここから一刻も早く出なくては.

携帯は手元にない.

せめて携帯があれば,虎太くんに電話して…なんとかなるかもしれない.

…ただ,いくら淡い期待を抱いてもそれが叶う可能性は低い.

歩ける足がある以上,自分の足で動く…それがわかるようになったのは今朝の夢のおかげかもしれない.



「…何!?」



背後に感じる,人の気配.

ドアを見つけて,一目散に駆け寄った.

しかし,ドアノブを必死に回しても扉は開かない.

暗がりから,笑い声.

嘲笑っているのか,とても愉快そうに.



「…誰かいるの?アンハッピーコンデンサの,犯人?」



私の問いに対する返事は全く返ってこない.

おまけに,暗がりから出てこようとはしない.

出てきてもらっても困るけど.



「…」

「……なにが,…おかしいのよ」

「シェリアちゃん」

「!」



私の名前を,呼んだ?

声からすると,男性かな.

そんな思考を巡らせながら,開かないドアをなんとかしようと辺りを眺める.


「時間まで,約10時間もある」

「…ここは,どこ?」

「それまで,僕とお喋りしよう」

「おしゃ,べり…?そんな,時間ないの!私には,時間が…」


男の一言に,血の気が引いた.

こんなところに幽閉されてしまえば,私は約束の場所へ行けない.


「あぁ,安心して.ここは君と僕との待ち合わせ場所.つまり,街外れにある解体中の工場の2階の一室.君がここにいるのは,僕が連れてきたから」

「…ここが…」

「あ,ちなみにここの工事解体はつい最近中止になったんだ.不幸にもアンハッピーコンデンサをダウンロードしちゃった工事員サンがタイムオーバーになっちゃって,ここの解体中足を滑らせて落っこちて死んじゃったから」

「なっ…!?」

「時間厳守って大切だよね.僕さ,シェリアちゃんには死んでほしくないからここまでわざわざ運んであげたんだ」

「馬鹿なこと,言わないで…なんなの,さっきから…どういう,こと?」


喋りだした男は,なかなか饒舌.

聞いてもいない事を,だらだらと喋る一番嫌いなタイプだ.

ましてや,恩着せがましい態度には,少しだけむっとする.

巻き込んでおいて,何が運んであげた,よ!

おまけに,死んでほしくないって?



「…まだ,時間じゃないのなら…私を帰して」

「え!どうして?」

「準備が,出来てないの」

「でも,コンデンサは100%だよ?」



そう答えた相手が,暗がりから何かを放り投げた.

カツンっと音を立てて,床に当たった軽い音.

私の,携帯電話.



「…ごめんね,中身勝手にいじくっちゃってさ?」

「中身,見たの…?」

「ねぇ,コタって何?君の一体何なの?」

「貴方には,関係ない」

「関係あるよ.僕,シェリアちゃんのこと好きなの.愛してるの」

「何,言ってるの…」

「聞えなかった?僕,シェリアちゃんのことだーい好きなんだよ」



耳を,疑った発言は,何度も繰り返された.

好き,大好き,愛してる,そんな言葉を何度も囁く影.



「…ねぇ,僕と一緒に遊ぼう.君のこと,ずっと見てた.こうしてお喋りしてみたかったんだ」

「ひっ…」

「泣き顔も,笑った顔も,すっごく可愛いよね.僕,シェリアちゃんみたいな子がタイプ」

「…私は,嫌い」

「うん,いずれ好きになってくれればいいよ.それに,そのうち嫌でも好きって言うようになるから」



男も私も,話出してから一歩も動いてはいない.

それなのに,迫ってくるこの妙な感覚.

追い込まれる,ってこういうことなんだろうね.


「ま,今はまだ夕方まで時間があるから焦らなくてもいいよ」


ふと,暗い部屋に差し込む光が一瞬だけ中を照らした.

壁に掛かった時計のガラス面が,光に反射して見えにくい.

でも,もうお日様が昇っていてもおかしくない時間だ.

壊れた窓に敷かれたカーテンが風に揺れる度に光が差し込んできて,ちらっとだけ,隅にあるバールが見えた.



「…今,何時?」

「8時12分だよ.まだたっぷりお喋りする時間はあるよ.ねぇ,シェリアちゃんのこといっぱい教えて?」

「嫌よ…そ,…そう思い通りには,いかないんだからっ!」



ばっと手を伸ばして,バールを掴んだ.

私の行動に向こうも多少動揺したのか,物音が聞えた.

だけどそれに構っている場合じゃない,

ただただドアを叩いて壊す,それに集中した.




「開けっ!開いてっ!!お願いだからっ!!!」




ガシャンガシャンとドアを叩きまわしている.

最後のあがきで大きく振り上げたバールが,ドアにぶつかった.

鈍い音で,ドアが少しだけ向こう側への隙間を見せる.

そこからはもう一心不乱だった.



「ま,待ってシェリアちゃん!」



男の足音が迫ってくるのと同時に,ドアが開く.

すり抜けるようにドアを抜け,走って,走って,走りまくって.

こういう時は,ただ逃げるだけじゃ駄目.

がむしゃらに逃げても,私に地の利はないし,いずれ体力の限界もくる.

暗がりを探して,男の視界から逃れるよう,身を隠した.



「…はぁっ,はぁ…」



幸いにも,大きな荷物が積んである.

これだけあれば,向こうも探すのは大変だろう.

携帯を開いて,虎太くんに連絡をしなくては.



「っ,サイアク…全部,データ消されてる…」



電話帳,アドレス,履歴が全て消されていた携帯.

電話番号を思い出そうにも,そこまで頭が回らない.

ゆらゆらアイコンがと圏外と1本のアンテナの間をいったりきたりしている.

…落ち着いて,私ならできる.

なんとか,この状況をひっくりかえさなきゃ.



「…落ち着け,大丈夫」


携帯を握り締めて,一呼吸.


「そうだ…SDカード…バックアップ…」


携帯会社との契約がきれたわけじゃない.

バックアップ機能があったはずだ…もしかしたら,そこに連絡先があるかもしれない.

電波が1つだけ確かに立ったところで,バックアップ機能で電話帳を復活させる.

直って…お願い….



「…虎太くん……あった!」



見つけた連絡先に電話を掛けようと,辺りを見回す.

男は,まだ私を見つけていない.

名前をひたすら呼びながら,あっちへこっちへと動いている.

ここで声を出すとばれるかもしれない,少しだけ距離を置こう.

こそこそと,足を潜めて歩いた.







「ここなら…」

『…』

「…虎太くん…?」

『シェリアか!今何処にいるんだ!!』

「よくわからないの,街外れの工場らへんで…」

『何て?もう一回言ってくれ』

「犯人が一緒で,待ち合わせの工場に連れてこられてる.突然,知らない人に襲われて,今,逃げ場がないの」



携帯が繋がって,虎太くんの声を数時間振りに聞いた.

言葉が上手く出てこない上に,電波の悪さが運の付きかもしれない.



「1人で,来ちゃだめよ…あ」

「シェリアちゃーん」

『シェリア?』

「!」

「あ,そんなところで何してるのかな?」

「…切るね…みつかっ…」

「みぃつけた」

「…きゃあああああああああああ!」

『シェリア!シェリア!!! 』



プツリ,携帯を切って男から逃げるように駆けだした.

だって,男の手には私が使ったあのバール.

あんなもの持って,襲われたら…命はないだろう.

恐怖の鬼ごっこ,そんなものをまさか自分が体感するはめになるなんて.




「虎太くんっ…」



泣きそうになっても,立ち止まれないこの窮地.

怖いよ,助けて….

男の足音から出来るだけ遠ざかるように,私は逃げるしかない.

…ねぇ,私,あと,何時間生きていられるかな?






タイムリミットまで,あと9時間.






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