凰壮10
「凰壮さん,綺麗ですよ,ほら」
「あー…そうだな」
別段綺麗でもなんでもない風景.
俺にとっては,その程度.
気晴らしに,いつも遊んでいるような女とは違うタイプの彼女を作った.
おっとりした,お嬢様系の歳上の女.
「…やはり,私と一緒じゃつまらないですか?」
「は?」
「さっきから,生返事ばかりですよ.もう,終わりにしましょうよ.楽しくないのに,一緒にいるなんて…無意味です」
正直,その清さには驚くことの方が多い.
今まで付き合ったのが,雑草みたいな女ばっかりだったせいか,この女はまるで薔薇.
触ったら棘がある,でも美しい…みたいな.
「お帰りください」
「…なんで」
「私と貴方は,お付き合いするほど相性が良くなかったということですよ」
「俺は,やだけど?」
まだ,キスもしたことなければ,抱いてもない.
出会ってから,数ヶ月も経ったというのにお預けにならざるを得ない状況が続いたままだ.
それもこれもこの女には,俺が何かしようものなら,殺すといわんばかりの恐ろしさがあった.
おそらく,それが彼女の棘.
「…時間は有効に使うべきですよ.貴方にはもっと相応しい女性がきっといるはずです」
「アンタじゃないっていうのかよ」
「少なくとも,私はそう感じました」
「俺が悪かったなら謝るから」
「結構です,貴方も私も非などありません」
確かに,この女と俺は根底から一致するものがない.
俺はゲイジュツにも興味はないし,愛欲よりも性欲が勝るような男だ.
一方,向こうは俺と一切の関係を持とうとはしない名義上彼女にしかすぎない.
「お飾りになる気は真っ平なんです.だから,もう利用されたくありません」
「…ごめんって」
「あと,腫れ物扱いも御免です.これ以上なく己が惨めに感じますので」
鬱陶しさを感じる丁寧な言葉にも棘.
棘だらけの彼女に魅力を感じたのは,なぜだったか.
興味もない,未知のジャンルの女性だったのに,彼女を選んだ理由が思い出せない.
気晴らしになるどころか,これじゃあ心労も増える一方なのに.
「あ」
「なんです?」
「思い出した」
「何をですか」
「俺が,お前を好きになった理由」
「彼女にした理由なら,どうせ気晴らしか憂さ晴らしでしょう?聞きたくありませんよ」
「…そりゃ,彼女にした当時はそう思ってたけど.そっから,今の今まで長続きするほど好きになった理由を思い出したんだよ」
そうだ,この女に惚れたのは,雑草と違う強さを見てからだ.
花に例えるのもおかしいが,この女はつぼみ以外の姿を見せたことがないくらい,常に慎ましかった.
常に理不尽で,だらしない俺を,受け入れる寛容さ.
手に余る愛を注いだ,その懐の深さと優しさ.
俺にはないものだし,単純に欲しいと思った.
「なんです?」
「…俺を,愛そうとしてくれたとこ」
「…ここにきて,適当なごまかしですか.応えてくださらなかったのは貴方ですよ」
「そうだな.でも,本当に愛してはなかったんだろ」
「…それも酷い言い掛りですわね」
「違うんだよ.愛そうとしてくれたのに,愛せなかったんだよ.俺にはその理由が分かってる」
「…仰ってくださいな,最後まで聞きましょう」
「簡単だろ,お前はこの世に存在しないからだ」
「まぁ,そんなことを言われるなんて思いもしませんでした」
酷く,怒ったように,声を荒げた彼女に俺は目を閉じた.
そして,やっと手に収まる距離に彼女が近づいたところで腕に押しこめる.
「なぁ,いつになったら出会える?」
「…もう出会っているでしょう」
「違うだろ,お前はまだ俺に出会ってない.どこにいるんだ?」
「ここにいますわ」
「それも違う.じゃあ,どうしたらここに来てくれる?」
「もういるじゃありませんか,貴方の目の前に」
腕の中の彼女は,俺の目を見て答えた.
だけど,見ていたモノは全く違うのだ.
その違いが生まれた理由を,俺は知っていたはずなのに.
「気付く前に,逃げないと…後悔しますよ,凰壮さん」
「…ごめん,手放す気はないんだよ」
「本当に可愛い人…だけど,どうしようもない人ですわね」
「シェリア?」
「忠告はしましたわ.でも,また会いたいと願うなら…こちらへいらっしゃいませ.何もかも,捨てる覚悟がおありでしたらですけど」
「ま,待ってくれ!シェリア!」
いつの間にか,俺は自分の部屋にいた.
俺が瞬きをした時には,既に何もなかったのだ.
腕の中の,彼女も何もかも全て.
「…待っててくれよ,今行くから」
窓に足を掛けて,全体重を傾ける.
わかっているのだ,俺はこの手に収まったと思い込んだ空想の女を愛してしまっている.
届かないのも,手に入らないのも,すべて俺の作りあげた存在でしかないから.
だけど,それでも欲しい.
「凰壮!」
「凰壮くん!」
伸ばした手に,掴む腕.
だけど,それは1秒だけ届かなくて.
俺は,目の前の困惑した顔に笑顔でサヨナラを告げた.
こんにちは,そして,いらっしゃい.
そんな声が耳を過って.
「…ぁ,ヤバいな…俺」
冷たいコンクリートが全身とぶつかって,一瞬だけはっきりした意識を最後に俺は目を閉じた.
重たい瞼は,彼女にでも縫い付けられんだろうか?
もう二度と開きそうにない.