アンハッピーコンデンサ25
シェリアが帰宅した後も,俺達の作業は続いた.
…結局,俺は無力じゃないか.
シェリアが危険な目にあったのも,コンデンサが減ったのも,シェリアを不安にさせてしまったのも,昨日シェリアを1人で帰らせてしまった俺の責任だ.
「…虎太くん,後悔するのも結構ですが,雑念は決心を揺るがしますよ」
「あぁ」
悔しさをぶつけるように作業に打ち込んでいた俺は,竜持の言葉に一旦手を止めた.
竜持が,こんなに感情的な発言をするのはめずらしいし,凰壮だって,あんなに真面目になっている.
俺には理解できない.
なんで,シェリアの為にそこまでできるんだ?
お前らは,シェリアのことあんなに嫌ってたじゃないか….
「虎太,シェリアのことマジなんだな」
「…悪いか」
「いや,全然.むしろ応援したいからこうして手伝ってんだろ」
「凰壮くんは多少罪滅ぼしの気持ちも込めて作業してくださいよ.ちょっとは後悔してください」
「へいへい」
わからない,だけどそこに敵意も,恩着せがましさもない.
純粋に善意で,動いているのだろうか?
「虎太くん,分からないって顔してますね.僕が手を貸す理由でも気になりますか?」
「!」
「…最初は,ただ虎太くんを取られてしまうんじゃないかって,シェリアさんに嫉妬してたんですよ.いつも一緒にいる三つ子が離れ離れになるなんて,有り得ないことだと思ってましたから」
「…竜持」
「でも,彼女はそんなに悪い人じゃなかった.意地悪をした後だから,それが痛いほどよくわかりました.心が広いっていうか…お人好しですよね」
「だよな.あいつ,底ナシの善人じゃねーかって思うよ.何やっても,最後には許してくれるし」
「だけどそれに甘えられるほど,僕は人間が出来てないんですよ.シェリアさんにしたことを考えると,今でも後悔が襲ってくるんです.だから,結局今僕がこうしてシェリアさんに手を貸してるのは,僕の自己満足のためなんです」
「ま,俺も似たようなもんだぜ?俺のせいであいつの寿命が縮んじまったし…何より,虎太の大切な奴じゃん?だったら,惜しみなく手を貸してやるのが俺達三つ子ってもんだろ!」
「お前ら…!そんなこと思ってたのか…」
作業の手が止まって,俺達は輪になって座っている.
昔の俺達なら,3人でわっかを作っていただろう.
だけど,今は俺のひとつ隣に空席が出来ていた.
言わずもがな,あいつの席だ.
「今だから言えますけど,間違っても僕は巻き込まれただなんて思ってませんから」
「むしろ,アイツとお前が出会えてよかったよ.そこは,逆に感謝してるんだぜ」
「…ありがとな」
「…さぁ,雑談に時間を割いてる場合じゃありませんよ.作業に戻ります」
「あぁ!」
「おっしゃ,任せとけ!」
にかっと笑う凰壮に,そっぽを向いて照れている竜持.
俺は,最高の弟を持ったよ.
これは,誰に伝えるわけでもなく,心で呟いた一言.
「おはよう,虎太くん,竜持くん,凰壮くん!」
「おはよう」
「おはようございます」
「おーおはよ…,お前元気だなぁ」
朝,シェリアと合流して,コンデンサのチェック.
ほぼ徹夜で作業したおかげで,85.5%にまで回復.
犠牲にしたものもあるが,それだけの数値を手に入れるためなら安いもんだろう.
なんたって,これはシェリアの命の重さでもあるから.
「プログラムの方は,何か分かりそう?」
「…まぁ,それとなく解析はしてますが,もう少し時間が掛かりそうです.ですから,シェリアさんはコンデンサを溜めることに集中してくださって結構ですよ」
「そっか…ありがとう」
「コンデンサ集めは,俺がサポートすっからどーんと構えてろよな」
「うん!凰壮くんも,ありがとう」
なんだろう,前はシェリアが二人と話してるのも嫌だったが,今日はそんな気持ちは湧いてこなかった.
俺達4人がいろんなことを乗り越えて手に入れたのは,信頼か.
それとも,二人にならシェリアを奪われないだろうっていう安心感だろうか?
「残り14.5%…出来れば明日にはマックスにしておきたいな」
「俺らの教科書や私物じゃ割りに溜んねぇし,ちょっと学校のモン借りるとすっか」
「それなら,その,校長先生を使えば…」
「「校長?」」
「あぁ,そうか.お前らは知らないんだな.今,この学校の校長はシェリアの言いなりなんだ.不祥事を隠すために」
「…それは,実にいい材料ですねぇ.一気にコンデンサを溜められる予感がしますよ」
ペロリと舌を出した竜持の笑みは,何か企みがあると見た.
正直,手段がどうのこうの言ってる余裕がない今はなんにでも乗っかろう精神で進むだけだ.
他人の不幸とて,必要ならば手に入れるしかない.
ここまできて非情に振舞えるのは,4人の内3人だろう.
「ま,シェリアさんにはちょっと酷かもしれないですけど,これは僕らにそそのかされたと思ってやってくださいね」
ここは任せて,俺は他のことに取り掛かるか.
そして放課後になれば,俺とシェリアは二人で帰宅させられた.
竜持と凰壮が気を遣ってくれたのか,少し早い時間に学校を出た.
「頼もしいね,二人とも」
「そうだな」
「虎太くんはさ,後悔してない?」
「してないな.アイツらが望んでやってることだ.素直に受け入れたっていいんじゃないか?」
「…めずらしく,意見の不一致だなぁ」
「そうか?」
「私はやっぱりちょっとだけ申し訳ないなと思ってる」
「そういうところがシェリアらしくていいんじゃないか?お前が強気に出て,俺達をこき使ってるって言うと聞こえが悪いけど,お前がそう思ってくれてるところで救われる部分もあるだろ」
「そっか…そういう考え方も出来るね」
シェリアは,ふんわりと笑った.
泣き顔を何度も見てきたが,やっぱり笑顔は可愛い.
決して美人じゃないけど,俺が一番好きな笑顔だ.
「あと3日だな」
「うん」
「なぁ,シェリアにちょっとだけ我儘言ってもいいか?」
「いいよ,なぁに?」
「手,繋ぎたい」
「…うん」
ちょっとだけ恥ずかしそうに,シェリアが返事をした.
言葉にしなきゃ手も繋げないなんて,かっこ悪いな.
「冷たいね」
「お前が温かいんだろ」
そこに結ばれた手が,俺達の影も繋いだ.
ちょっとだけ荒れているシェリアの手.
俺も人のこと言えた綺麗な手じゃないが.
「…明日も,こうして一緒に帰れたらいいな」
「…おう」
そこにいるシェリアの存在をしっかり確かめて,強く握る.
その手に応える様にシェリアもちょっとだけ握り返してくれた.
どうかこの手が汚れませんように.
そう思うこの我儘を神様は聞いてくれろうだろうか.
タイムリミットまで,あと3日.