アンハッピーコンデンサ24
…どうしよう,私…大変なこと….
まさか,自分で自分の首を締めちゃうなんて….
虎太くん,助けて…!
「シェリア,平気か?」
「うん…」
「ありがとな…お前,やるじゃん」
「待って,怪我が!」
「このくらい受身取ってるから平気だっつーの」
あれから,虎太くんと分かれて1人で帰ったのが悪かったのか.
私は,コンビニ前で凰壮くんとばったり鉢合わせて一緒に帰ることになった.
勿論,そんなのは偶然の出来事.
現に凰壮くんは,今日は学校を自主的に休んだらしく制服ですらない.
「…血が出てる!手当てしなきゃ」
「かすっただけで,大したことないって.それより,お前…一体何をしたんだ?」
聞えるサイレンの音,駆け寄ってくる大人の声.
私と凰壮くんの横には,ガラスでできた壁に突っ込んだ車と崩れたショーウィンドウ.
目の前で起こっているのは紛れもない”事故”だった.
「…コンデンサ,の,…つかって」
「あー…例のあの変なゲームのことか?俺全然知らないんだよな.ていうか,逃げるぞ」
「え!」
「警察に厄介になれるかっての!お前だって時間ねぇんだろ!人が増える前に離れるぞ」
「わわっ」
凰壮くんは,私の手を引いて人込みに紛れるように走り出した.
細い路地に入れば,誰もいないし,追いかけてくる人もいない.
ただ,その誰もいない空間に気まずさが流れるのは,やっぱり体育館での出来事があるから.
「…ありがとう,おかげで助かったよ」
「いや,それはこっちの台詞だよ.まさか昔とっちめた奴らに囲まれるとか思ってなかったし」
そう,事の発端は凰壮くんに因縁をつけてきた不良の集団.
わけもわからず,たまたま一緒に下校していた私も巻き込まれたのだが,当然の事ながら喧嘩が出来るわけない.
逃げるわけにもいかず,動けないまま傍観者になって,多勢に無勢の凰壮くんが拘束されてリンチされていく光景を目に焼き付けてしまった.
とっさに出来ることを考えようにも,ボコボコにされそうになっている凰壮くんを目の前に足が竦んでパニックになって取り出したのは携帯.
「…そこ,座って?簡易手当てくらいならできるから…」
「平気だってのに」
「何もしないよりはマシでしょう!ほら,傷見せて」
凰壮くんはしぶしぶ私に従って,腕と足の傷を見せた.
でも,抵抗気味のその姿勢に手当てがしにくかった私はほっぺの赤く擦れた傷に絆創膏をべちっと貼り付ける.
痛いと批判があったのも無視して,手に持った道具だけで処置を施した.
「雨降りそうだから,さっさと帰った方が良さそうだな.俺んちにとりあえず来い」
「え!」
「その…なんちゃらコンデンサが関係してるなら虎太に話した方がいいだろ?」
「でも,お邪魔しちゃって…」
「第一,あいつらがまだ近くにいるかもしれない状況でお前1人じゃ帰らせられねぇよ.俺んちにくれば,少なくとも竜持と虎太がいるし…帰りも送れるからさ」
どんよりした雲が,空を包んでいたものの,雨はまだ降り出す前.
仕方なく虎太くんに連絡を入れて,凰壮くんに従った.
虎太くんは電話越しに分かったと短く告げて,すぐに向かうと付け足した.
それから私は,凰壮くんについて降矢家に向かった.
幸いにも,降矢家に付いたと同時に雨が降り出し始めた.
濡れなくて済んだものの,帰りが困ったなぁなんて考えながら.
「…まぁここで寛いでてくれ.俺着替えてくるから」
豪勢な広間に1人残されて,やっと静かに息を吐いた.
そして携帯を開いた.
朝の時点で,コンデンサは97%だったのに.
「やっぱり,減ってる…」
今表示されている数値は,77%.
そこに現れていたのは,紛れもなく私がそれを使ったという事実.
どうしようもない,遠くに意識が遠のきそうになるのを堪えて携帯を両手で握り締めた.
どうして不安が募ったのかなんて分かりきったこと.
「…どう,しよう」
暴力や車の事故,人が傷つくのを直視したから?
いや,違う.
答えは私が死ぬかもしれないからだ.
収まらない震えに,身だけ縮こまっていく.
「シェリア!」
「こ,虎太くんっ」
「…無事か?」
「だいじょ,ぶ…それより,コンデンサが…」
「それはいいから,怪我がなくてホント良かった…」
ドタバタガチャガチャと,飛び込んできた虎太くんは一直線に私の元にきて抱き締めてくれた.
酷く息を切らして,ビショ濡れになった服を見ると,雨の中全力で走ったんだろう.
「…ごめんなさ…「いい.無事ならそれで」」
安心と,謝罪と,ぐちゃぐちゃになった感情は頬を伝う.
駄目だな,また泣いちゃったよ.
ただただ私はそのまま縋りつくように,冷たい制服に顔を寄せて咽び泣いた.
「なんですかちょっと…心配してきてみれば」
「いや,取り込み中で悪ィんだけどさ…」
廊下で傍観している悪魔が二人.
虎太くんと私は,何もありませんと言わんばかりに素早く離れて正座した.
「…お,お邪魔してます」
「知ってますよ.全く…どうにもうちの弟のせいで,大変な事に巻き込んですいませんでした」
「い,いえ!それは…こっちも,どうこう言える立場じゃ…」
「いや,今回はハッキリと言えば虎太くんと凰壮くんの完全なる過失ですよ.シェリアさんに非があるとするなら,人んちの広間で虎太くんと堂々といちゃついていたことですかね」
「それは非じゃないだろう」
「僕なりに気を遣ってオブラートに包んだんですから,そこには触れなくていいんです!そもそも,もとはと言えば,虎太くんが守るとか言っておきながらシェリアさんを1人で帰したことが原因ですよ」
「竜持くん…虎太くんを責めないで!私も,無用心だったんだから…」
「…人を庇うだけが優しさじゃありませんよ?いいですか,僕はシェリアさんに味方する気なんて毛頭ないですけど,不本意ながら兄弟揃って迷惑掛けたことは申し訳ないと思ってるんです」
いつもながらに,つんつんしてはいるものの,前に比べると言葉の棘が丸くなった感じがする.
蟠りは,どこにもないみたいだ.
「…だけど」
「貴女が虎太くんを庇いたい気持ちはわかりますが,もう面倒なので要点だけ言いますね.金輪際貴方達に関わらないと約束しましたけど,今回限りそれの約束は破棄します」
「「「え?」」」
「揃いも揃ってきょとんとしないでください.コンデンサが足りないんでしょう!時間もないんです,4人でとりあえず100%にするんですよ」
竜持くんは,きっぱりと言い切った.
私に協力すると.
驚いたのは私だけじゃなく,その場に居た全員.
「責任とって,凰壮くんと僕も協力するって言ったんです.僕はあのゲームのことを調べてるので,コンデンサを溜める方法はなんとなく分かってます.凰壮くんは役立たずでしょうが,労働力にはなるでしょう」
私も虎太くんも顔を見合わせたものの,竜持くんは仕切り出した.
とりあえず,虎太くんがコンデンサのプログラムのことを竜持くんに説明しているのを横目に,凰壮くんと私はコンデンサを溜めるように動く.
方法としては,私の鋏とカッターで物を壊すという単純な方法だけど.
それでもちょっとずつ溜るので,やるしかない.
「俺のせいでごめんな」
「ううん!凰壮くんが,無事で良かったよ」
「…お前,本当にイイ奴だな.虎太が惚れるはずだわ」
「ええっいや,その…」
「だってまぁ見た目もまぁまぁだし,性格いいし,処女だし「凰壮,」げっ虎太!」
「虎太くん!」
「お前…頭おかしいんじゃないのか…女子に向かってなんてことを…」
「なんだよ,俺流に褒めただけだろ!ったく,ヤキモチばっか妬いてんじゃねーよ!お前仕事しろよ!」
「お前もな」
「いや,二人ともですからね」
なんだか,寂しさなんて感じる事のない空間に,口元が緩んで仕舞う.
きっと,これが虎太くんたちの日常なんだろうなぁ.
二人姉妹にはない,不思議な兄弟愛っていうのかな.
ちょっとだけ,微笑ましくて,自分の立場を忘れてしまう.
「…全く,時間がないんだから急いでくださいよ.シェリアさんもヘラヘラしない!」
「う,うん!」
結局,その日は夕飯をご馳走になってから,虎太くんに送ってもらった.
帰り道,二人きりになったものの話すのは今日の感想と反省.
前に一歩進む度に,言葉は減っていく.
そして,朝起きた私の携帯はメールの山.
ちょっとずつ加算された数字を知らせるそれは,最終的に85.5%にまで達していた.
画面を見つめた私は,希望が見えたことに胸を撫で下ろす.
また今日という1日を,全力で頑張ろう.
まだ私の人生は,終わってなんかないんだから!
タイムリミットまで,あと4日.