アンハッピーコンデンサ23


「虎太くん?」

「…」

「あ,眠っちゃったのかぁ…」


プログラムを読み解くなんて,最初は驚いた.

私は機械が苦手だし,プログラムを読むだなんて持っての外だから,はっきり言えば戦力外.

けれど実際,その分の負担が虎太くんにいってしまってる.


「…ごめんね」


髪の毛に触れようと手を伸ばしたまま,それをすることないまま空気を掴む.

悔やんじゃ駄目だし,嘆いてる暇なんてない.

私の為にこんなに必死になってくれてる虎太くんがいるんだ.

出来ないものは,出来ないなりに何かをしなければならない.


「……はぁ」


徐に思いついたのは,ただブランケットを掛けるだけのこと.

生憎ブランケットは持ってないので,私のマフラー代用だけど.

虎太くんが休んでる間に,メモを綺麗にまとめよう.

少しでも情報を整理して,分かりやすいように.




「…シェリア?」

「おはよう,虎太くん」

「!」

「大丈夫?無理してない?」

「平気だ.どんくらい眠ってた?」

「30分も寝てないと思うよ…ごめん,はっきり時間は覚えてない」


気だるそうな虎太くんは,目を擦っている.

嘘,私,本当は時計ばっかり気にしてた.

二人きりで過ごせる時間は,私にとってはかけがえのない時間.



「再開する」

「うん」

「ちょうどキリのいいところで中断したんだな.悪い,寝てしまって」

「ううん!長時間画面に向かってると疲れちゃうでしょう…虎太くんの体調優先でやろう?倒れちゃったら元も子もないから」

「そうだな,でも少し寝て頭も冴えてきたから平気だ」

「無理は駄目だよ?」

「あぁ」


そして再び始まった,プログラムを読む作業.

だいぶ読み進めて分かったことは,最終的に何が起こるのかと,単純にコンデンサが溜る仕組み.

ただ,分かったと言ってもあくまで文面上のことで,実際に何がされているのかはさっぱり.

考えても,私の頭では足りないことの方が多い.





「…あと,3分の1くらいだな.今日全部読んでしまいたい」

「いけそう?」

「読むだけならな.考えるのは明日.いいか?」

「うん」


ハイペースで続ける作業に,ゴールが見えてきた.

虎太くんの目にも,光が戻る.


「それにしても,一体誰がこんなもん作ったんだか」

「そうだよね…すっごく頭いい人なんだろうね」

「どうだか」

「私には,とてもじゃないけどこんなの作れないもの」

「俺にだって無理だよ.そもそも,人の不幸を集めてどうするってこともないし,しかもクリアできなきゃ死ぬって…何の目的かもわからねぇ」

「やっぱり,快楽殺人とかそういうつもりなのかなぁ」

「愉快犯,猟奇的人格者あたりが妥当か」

「でも,案外そういうのって見た目とか直感で分かるものでもないから…誰とまで特定出来ないのも事実だね」

「誰も信用できなくなるな」

「…そうだね」


信用できない,その通りなのに.

私は愚かだから,きっとそこまで非情になれない.

結局,誰からも可愛がられる子になりたかっただけで,一向に”許す”ということを履き違えたまま.


「ただ,俺が思うだけで根拠はないけど…このプログラムも完璧ってわけじゃないんだと思う.現に非科学的なことは起きてない.あくまで,なんらかの人為的操作が仕組まれてる」

「人為的操作?」

「…接触だよ」

「!」

「断言は出来ないぞ?ただ,おそらくコンデンサの管理は機械が勝手にしてるんだろうけど,それ以外の操作は犯人自らって可能性が高い」


憶測,それでしか先を予見する方法はないから….

ここにきて,犯人の意図が未だに見えないのは怖い.

だけど,先に起こることがわからない方がもっと怖い.


「…にしても,なんだか外の雲行きが怪しいな」

「暗くなっちゃったね」

「一雨来るかもしれないな…お前,先帰れ」

「で,でも」

「俺はこれだけ見たら帰るから」

「い,一緒に帰らないの?」

「お前傘は?」

「持ってない」

「俺も.だから降る前に帰れ.雨だと流石に走ってお前を送るわけにもいかないし.俺なら濡れても多少は丈夫だから平気だしさ」


虎太くんは,私に荷物を押しつけて背中を叩いた.

いつもなら一緒に帰るところだけど,今日だけ別行動か….

このまま雨,降るのかな….



「ほらほら,グズグズしてると降り出すぞ」

「う,うん…」



急かされるように教室を出れば,まだもう少し降るには間に合いそうだ.

虎太くんが気を遣ってくれたのを,無碍にするわけにはいかないもの.

少し早歩きで,家に向かう.

1人で出来ることだってあるし,メモをまとめたり,綺麗にファイルしたり,なんとかなるよね.



「急いで帰って,傘届けてあげようかなぁ」



日常とかけ離れた,そうしたちょっとの動作が,全てを狂わせることになるなんて.

私の不運か,果たしてこれが必然だったのかは分からない.

まさか,あんなことになるなんて.





タイムリミットまで,あと5日.




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