アンハッピーコンデンサ19
コンデンサが80%になったのは,ついさっきの出来事.
そして,それとほぼ同時に訪れた変化.
それは一通のメールに全て記してあった.
「読み上げるね」
「おう」
虎太くんとは,家にいる以外,ほぼ一緒の時間を過ごすことにした.
お互いに離れることを拒んだのだ.
「”コンデンサ80%おめでとうございます.80%を見事クリアされた貴方様にスペシャルなサービスを提供いたしますので,どうぞご利用くださいませ.”だって」
「スペシャルなサービス?」
「続きがあるよ.”本サービスは,ゲーム終了までの期間,溜めた不幸を使用することができます.これを使用することにより,相手に不幸を贈ることが出来るのです!”」
メールは相変わらず,鮮やかにデコレーションされている.
不幸を使う,それが指すものとは一体なんだろう.
「”使用条件は3つ.@使用は10%単位で行い,使用すれば現状より減っていくものとする,A使用する相手の名前がわかっていること,B使用した不幸の量により相手に起こる事例も変わる.”」
「分かってて誰が使うんだよ」
「”尚,使用制限はありませんが,最終日にコンデンサが100%未満であった場合,貴方様のお命でコンデンサを満たしていただきます”…使ってもいいけど,最終的に100%にしないと駄目ってことなんだね」
「使わなきゃいいだろ,誰も不幸にしなくてもいい」
「…うん」
「ま,とりあえずこれで80%の謎が解けたんだ.安心したぜ」
ここまで集めるのに,膨大な時間を費やしたのに.
今更それを使ってしまうには,明らかに残された時間が足りない.
虎太くんも,何度も何度もメールを読み返して文句を言っていた.
私だって,出来れば使いたくない.
「良かったな」
「え?」
「80%で死ななくて.…残り20%,急ごうぜ」
「そうだね…」
安堵した様子の虎太くんは,笑みを零していた.
あ,この顔好きだなぁ.
ぼんやりした視界と,はっきりした気持ち.
私は虎太くんのことが好きで好きでしょうがないのだ.
「こっからネタとして使えそうなもん,あったっけ」
「こ,校長先生とか…あの,まだ,データ持ってるから」
「あぁ,あの時のか.でも,なかなか難しいよな.後の事も考えると」
「あのデータ,返還しようかなって思ってるの」
「…今はやめとけ」
「?」
私の自宅で眠ったデータ.
今もパスワードになった最愛の人が,それを守ってくれている.
「あくまで切り札ってことにしとこう.それに,もし返して俺達が退学になったりしたら本末転倒だ」
「そ,そっか!でも,校長先生,絶対恨んでるよね…」
「恨むどころか,隙あれば殺されてもおかしくねぇよ」
「そんなに!?」
「まぁ,データの場所が分かってない今は平気だろうけど.バレたら殺してでも奪うって可能性があるだろ」
「…うわぁ」
「うわぁじゃない.あんまりホイホイ喋るなよ,余計な口は自分の首を締める」
「うん…」
「あと,常に連絡を取れるようにしとけよ?万が一,俺が側に居ないときだってあるんだから」
「携帯,ちゃんと肌身離さず持っておくよ…充電もちゃんとする」
もし最悪私が襲われる,そんな事態が起きてしまえば….
狙われてもおかしくないと,自分に刷り込まないと.
厳重に管理してあるとはいえ,私自体の脆さはカバーしきれないから.
「それと,凰壮と竜持のことだが」
「二人がどうしたの?」
「昨日の晩,話したんだ.これからのことで」
真剣に語る虎太くんは,遠い空の彼方を見ている.
夕日が沈みそうで,眩しいなぁ.
並んで座った影がくっついてひとつになっていた.
「金輪際,俺達がすることに関わるなって」
「…それで,何て?」
「分かったとは言ってた.あいつらも,俺が本気なのはわかってくれたみたいだ」
「そう…きっと,納得がいってないと思うけど,虎太くんとの約束なら裏切ったりしないよ」
「危ないことに巻き込みたくないんだ」
「…私もだよ.前は,利用する形になっちゃったけど…もう二度としないっ!」
「あぁ」
首を縦に振った虎太くんも,同意を唱えてくれる.
これからは,”二人”で頑張るしかない.
二人なら,出来るって信じてるもの.
「それに,だ」
「ん?」
「あいつらが,お前の周りをチョロチョロするのが気に入らない」
「ほぇ?」
「…お前を守るのは,俺1人でいいんだよ」
「!」
「…っ」
思わず言葉を失った私の,口がポカンと開く.
耳,おかしくなったのかと思っちゃった.
「こ,虎太くん…今の!」
あぁ,不意を付くなんて卑怯だ.
かっこいいのは百も承知だけど,照れて顔を伏せるその素振りは可愛らしい.
言っておいて,自分で恥ずかしくなっちゃうところが,とっても可愛い!
口が避けても言えないけど.
「う,うるせぇこっち見んな」
「…えへへ,やだよ.虎太くんのそんな顔,滅多に見れないもん」
「お前なぁ…」
「むぎゃっ」
にへっと笑えば,そのまま頬を引っ張られる.
意地悪な顔を浮かべた虎太くんが,こっちを見ていた.
敵わないよ,本当に.
「いひゃいー」
「からかうとこうなるって覚えとけ」
「ふぁい」
「よし」
解放されたほっぺたを擦って,空に目を流した.
時間,あとちょっとしかないけど…この人となら私….
そう決めて握った拳が,ちょっとだけ震えた.
タイムリミットまで,あと9日.