アンハッピーコンデンサ18’
僕の後悔は,酷く僕を追い詰めていた.
やっぱり,虎太くんは怒っているだろうか.
「竜持,顔色悪いぜ?」
「…ホントに駄目ですね」
「は?」
「いや,僕のことです.何て,情けないんだろうと思って」
「何の話だよ」
「…実は」
僕は,知っていることの全てを凰壮くんに打ち明けた.
虎太くんとシェリアさんについて調べたこと.
二人が関わっているアンハッピーコンデンサというゲームのこと.
そして,そのゲームの終止符を打つ方法を教えたこと.
そのくらいを話したところまでは,凰壮くんはうんうんと首を縦に振って聞いていた.
「なら,お前って結構良いことしたんじゃねーの」
「…そう,でもないんです」
「なんでだ?それでシェリアも虎太も助かるんだろ?」
不思議そうな顔をした凰壮くんは,僕を怪訝そうに見つめた.
僕は,同じ顔をした赤い瞳に恐怖を覚える.
あ,もしかするとこれはシェリアさんも同じだったのかもしれない.
蜘蛛の巣に絡め取られた蝶のように,ただただ不安しか残らないこの状況が.
「…助かるのは,厳密に言えば虎太くんだけなんです」
「あ?」
「…こうするしか,助ける方法が思い浮かばなかったんです…」
「お,おい!どうしたんだよ,お前」
僕の足元に落ちた水滴.
目尻から零れた透明な液体は,間違えようのない僕の涙だ.
瞼が熱くなるのと同時に,自分の耳に嗚咽が届いた.
凰壮くんが,僕に駆け寄ってきて慌てている.
「とりあえず,落ち着いてから,な.ゆっくりでいいから,ちゃんと話せ」
「は,い…」
しゃくりあげる僕の背中を擦った凰壮くんは,部屋を出て行った.
きっと彼なりの優しさで.
僕は,落ち着きを取り戻した所で凰壮くんに話の続きを聞かせた.
アンハッピーコンデンサを終わらせる方法,すなわちシェリアさんの死を持ってそれが完了するということ.
また途中で涙が込み上げてきたけれど,なんとか零すことのないまま話を終えることが出来た.
「…はぁ」
聞き終えた凰壮くんは,溜息を突いて目を伏せた.
僕は怒られる,軽蔑されるという恐怖があったものの,予想外の彼の反応に戸惑った.
しかしそれも束の間,凰壮くんは僕の頬をぶん殴った.
「っつ!?」
「今のは,二人がお前を責めなかったぶんの痛みだと思え」
「お,ぞ…くん」
「あー…ったく,胸糞悪ィ」
ビクッと震えた僕は,機嫌の悪い凰壮くんから少し引き気味になる.
殴られた頬はじんじん痛んだが,それどころじゃないくらいに怖かった.
しかし,凰壮くんが発したのはまた僕の予想よりも斜め先を行く.
「俺だけ,何も知らなかったんじゃねぇか」
「え…」
「お前は虎太を助けたかったんだろ.それがお前の心情っつーか…決めたことだ.でも,俺は違う.本気であいつらをからかって,おちょくって,怒りに身を任せたまま勢いだけで邪魔しただけだぜ」
「凰壮くん…」
「おまけにシェリアに惚れ掛かる始末だぞ.なっさけねぇことこの上ない」
だんっと拳を床に叩きつけた凰壮くんは,ぶすっとしている.
それは怒りとも悔しさとも言いがたい,まるで世間話のように語るもんだから,僕はきょとんと間抜けな顔を晒してしまったに違いない.
「いいか,あいつらには時間も余裕もない」
「はい」
「だけど,俺達はもう金輪際あいつらのことに関わる資格なんてねぇんだ」
「…はい」
「だったら,最後まで見届けてやろうぜ.それがあいつらの選んだことなんだし.今更後悔なんかしてる時間が勿体ねぇよ」
にっとした凰壮くんが,歯を見せて笑う.
ストンっと抜けた肩の力に僕は,項垂れる.
もう,きっと凰壮くんは,怒ってないし,咎められることもないだろう.
安堵の溜息だった.
「ま,助けてって言われれば手は貸すくらいの優しさは持って見守るんだぞ」
「…そうですね」
「虎太,今頃なにやってっかなー」
「シェリアさんと,一緒じゃないですか」
「そりゃそうだろ」
「精々,いちゃいちゃしてるんじゃないですかね」
「…お前なぁ,想像力が足りないんだよ.両想いでふたりっきりだぞ…そりゃもう…」
「下衆い考えはやめてくださいよ.全く」
なんてふざけられれば,思わず笑いを漏らしてしまった.
僕も,こうして身近な人の心強さを知ってしまったのだ.
案外,二人は大丈夫かもしれないと,考え始めた自分がそこにいた.