アンハッピーコンデンサ18
「おい,これ…」
「…やっぱり」
「シェリア!?」
シェリアは,深い溜息を吐いた.
そして,落ち着いたその表情に余裕すら見える.
「なんとなく,分かってたの」
その答えは,無情にも俺の耳に残った.
パソコンの画面いっぱいの,膨大な情報.
そこに書かれていたアンハッピーコンデンサとは,本当に恐ろしいものだった.
「やっぱり,負の連鎖は私が消えることでしか止められないんだね」
シェリアが消える,すなわち,死.
それを持ってして,コンデンサは満タンになる.
なんだよ,それ.
どうかしてるだろ,それじゃあ…まるで最初から助からないみたいじゃないか.
「ふざけんなよっ…じゃあ,竜持は分かっててこれをお前に…」
「彼を責めないで.きっと,分かっててこれを渡した本人が一番辛いはずだよ」
「畜生…他に方法があるはずだ,そうだ.これが全てじゃないし,今まで通りにちょっどずつ…」
「虎太くん」
「!」
シェリアは,俺の口に指を当てた.
黙って,そう言っているみたいだ.
「他の方法は,たぶんあると思う.だけど,それを探す時間はほとんどない」
画面を閉じたシェリアが,パソコンの電源を落とした.
「掲示板をざっと見れば,コンデンサが80%に到達したと書いた人がそれ以降書き込んでないの.私のコンデンサは,76%だよ.つまり,あと4%で何か起こる…そうとしか考えられない」
「まさか,死ぬとかじゃないだろうな」
「…それは,断言できないけど…でも,これは賭けだと思う」
「賭け?」
「プレイヤーがこれだけ存在している中で,生き残った人が1人もいないなんて有り得ないよ…だからこそ80%を越えた先に,鍵があると思う…」
「リスクは高すぎるだろ」
「だから試す価値があるんじゃないかな」
シェリアは,冷静に,ゆっくりと俺を見た.
今のシェリアの思考は,俺の何倍も早く巡っている.
シェリアの指す言葉の先,俺がついていけない次元にある意味.
「はぁ…,だったらそれを俺達がこの目で暴いてやろう」
「私…付いて行っても,いいの?」
「逆だろ,俺がお前に付いて行くんだ.今の俺に,お前程の冷静さなんてない.頼れるのは,お前の勘と判断だけだぞ」
「…怖くない?」
「怖いよ.でも,お前を信じる」
きっと,それが俺にとっての正解だ.
シェリアと一秒でも長く一緒に居ること.
それだけは,譲れない.
「信じるから,安心して背中を預けとけ」
「…うんっ」
「それと,あとひとつ.ちょっといいか?」
「話してみて」
「お前にとって,この言葉がどう受け止められるかわかんないけどよ」
それは,聞いて見てから考えるという意味なのだろうか.
俺の提案は,俺にとって至極当たり前のことだ.
「…死ぬときは,一緒だ」
「!」
「例えそれがお前の運命だっていうなら,俺だって後追ってやる.一人にさせねぇ」
「それは,駄目…そういうことなら反対」
「…寂しいくせに」
「さ,寂しくないよ」
シェリアの手を無理矢理取って,指を絡めた.
前のように振り払われることはなかったが,その手に力は篭ってない.
「虎太くんまで,死んでほしくない.皆悲しむよ」
「なら,この手を握ってろ.俺が生き残るにはお前が生き残るしかないんだ」
「約束は,お互いを束縛し会うだけだよ.だったら,私はまた汚い手を利用してでも1人でやる」
「なら俺がこの手を放さないだけだ.お前が自分を見失わないように,引っ張って元に戻してやる」
「…本当に意地っ張り,だね」
「褒め言葉にしか聞えないな」
ぎゅっと握り返された手に,くくっと喉の奥で笑った.
「それに,意地っ張りはお互い様だろ」
運命共同体,そんな陳腐な言葉に縛られるつもりはねぇ.
ただ進む,その答えにたどり着くまでに期限の3分の2も使ってしまったんだ.
まともに進める道も,まともに戻る道も消えていく.
俺達の前後にはもう何もない,あるのは横に並んだ二人の絆だけ.
タイムリミットまで,あと10日.