アンハッピーコンデンサ15
最悪…なんで,私…あんなこと.
飛び出した私にあるのは,大きな後悔.
否定されたことが悲しかった,認めて貰えなかったことが悔しかった.
それだけで,虎太くんに酷い事を言った.
「…まだ,まだまだまだ!私の頑張りが足りないから…」
鏡に写った自分を殴って,睨み付ける.
忌々しい,自分の姿に吐き気がした.
「ひとりぼっちのクズなアンタなんて,大嫌いよシェリア」
「おはようございます」
「…おはよう,降矢くん」
「先日は,凰壮くんが失礼いたしましたね」
「…そのことなら,もう気にしてないから…」
「おや,随分と心が広いじゃないですか」
何故か,学校で私を待ち受けていたのは降矢竜持くん.
今は本当に誰にも会いたくなかったのに.
「…貴方のせいで,僕達兄弟はめちゃくちゃになってしまいました」
「ごめん,とは言わないよ.間違った事しただなんて,思ってないもん」
「そうでしょう,別に僕だって謝ってもらおうなんて気は毛頭ありません.ただ,用件は別なんですよね」
「何?」
赤い目が,カッ開いたような気がした.
思い出す降矢くんに組み敷かれた恐怖.
あのときも,この赤い目で睨まれて,足が竦んでしまった.
逃げたい….
「兄弟の間を取り持ってほしいんですよ.どっちに話をしても,貴女のことばっかり.僕じゃどうしようもありません」
「…兄弟喧嘩に巻き込まれるなんて真っ平だよ」
「アンハッピーコンデンサ,随分チープな遊びに巻き込まれたんですってね」
なんで,降矢くんがアンハッピーコンデンサを知ってるの?
誰にも話したことなんてないのに.
どこで情報が漏れてるの?
「なんで,それを知ってるの…?」
「それは内緒です.でも,事と次第によっては協力してあげてもいいんですよ?」
「…いらない」
「まぁそう言わないでくださいよ.困ったときはお互い様,でしょう」
「困ってないし,貴方に協力する必要なんてないでしょ!」
「おや,僕達をめちゃくちゃにした貴女がそんなこと言うんですか.酷い酷い,虎太くんもさぞ,貴女を見損なうことでしょうね」
今更,そんなの…もう私は嫌われてしまったに決まってる.
あんなに酷いことを言ったんだもん.
それに,優しく包んでくれた手だって払いのけてしまった.
「どうしても,従わないなら僕だって強硬手段に出ますが」
「…?」
「貴女が以前やったことと,同じですよ」
そう言う降矢くんの手に握られているのは,カッターナイフ.
袖から覗く白い腕に,その刃が当てられた.
驚きを隠せない私は,少し下がる.
「…どうします?」
「本気な,の?」
「僕もあまり気が長い方ではないんですよ.手段を選んでいられるほど,賢くもなくてですね」
嘘だ,彼は嘘を言っている….
だって,虎太くんは…降矢くんのことをとても頭がいいと言っていた.
だからきっと,この行動にだって何か裏があるはず.
「…やめて,貴方が傷つくだけだよ」
「まだ,分からないんですね」
「!」
竜持くんは,勢い良く腕を引いた.
溢れる血が,腕を伝って床に流れる.
彼は,本当に私の目の前で腕を切った.
「な,何やってるのよ!」
一瞬のことに行動が遅れつつも,すぐにハンカチを取り出した.
応急処置を施して,保健室まで肩を貸す.
降矢くんは,痛そうにしながらも,私の耳元で何か呟いている.
だけど,それは今聞くことじゃない.
とにかく私は彼を急いで保健室へと連れていった.
「…そう,掲示物を切るのに勢い余っちゃったの.危ないわねぇ」
「すいません,私もいきなりのことに驚いてしまって…」
「でも,貴女が居て良かったわ.幸いなことに,早く連れてきてくれたから軽傷で済んだもの」
「いえ…」
保健室の先生は,私の嘘を簡単に信じた.
すぐに病院に行くほど大きな怪我にはならなかったが,巻かれた包帯は痛々しい.
彼は放心状態のように,ぼーっと自分の腕を見ている.
保険の先生は,少し出てくると言って私と降矢くんを部屋に残した.
「…助けた理由をお伺いします」
「理由なんて,ないよ….ただ,絶対に死なせないと思って」
「…意味が,わからないんですよっ!」
急に激情を露わにした降矢くん.
立ち上がって,声を荒げた.
「貴女の行動は矛盾している!助けないと言ったり,こうして助けたり,おまけに助けた理由がない?馬鹿にしてるんですか,僕の事!」
「そんな…!ちょっと落ち着いてよ,いいから…座って」
「…なんなんです,貴女は.本当に,忌々しいですよ…なんで,僕達がこんな目に…」
がくっと落胆した彼は,本当に降矢くんなのかというかくらいに憔悴している.
彼をこんなに追い込んだのは,私…?
震える携帯が,そうだよ,と告げる.
「…次で,最後にします.明日の昼休みに図書室の一番奥にある本棚の裏でお待ちしてます.来たくなければ,それでも結構です」
「降矢くん…私…」
「僕は,来るまで待ってますから.今日はお騒がせしてすいませんでした,もう付き沿って頂かなくて構いません」
「…一人で,大丈夫?」
「えぇ,ですから一人にしてください」
それ以上言うことは適わないまま,私は保健室を出た.
扉に手を当て,溜息を吐いたところで何もかも考えるのがいやになってしまう.
どうして,は私の方だよ.
なんで,こんなことになってるんだろう.
「…シェリア」
「…虎太くん!」
「なっ,お前,その血…!何かあったのか!?」
保健室を出た私を捕まえた虎太くんは,肩を大きく揺すった.
振り払うように離れて,なんでもないよ,小さく返す.
事情を説明する,わけにもいかない.
「急いでるから,ごめんね」
それだけ言って,女子トイレに逃げ込んだ.
流石に,追いかけてはこれないだろうから.
私は,個室に入ってただただ携帯を握り締めた.
迫りくる明日までは,そんなに時間もない.
思考を巡らせるだけの元気も状況を打破する冷静さも,走った際にどこかに落としてきてしまったようだった.
タイムリミットまで,あと13日.