アンハッピーコンデンサ14


『…虎太くん?』


電話越しの声は,なんとも生気を感じない乾いた声だった.


『どうしたの?』

「…声が,聞きたくなった」

『そっか』

「体調は?」

『元気だよ.今の今までお母さんに怒られてたところだけどね』

「…ごめんな」

『いいのいいの,事故だって言ったら信じてくれたし.平気だから』


ケラケラと,笑うような声が聞えてきた.


『今,外にいるの?』

「うん,まぁ…」

『それは偶然だね.私も今,外なの』

「こんな夜に一人歩きなんて,感心しないが」

「ところが残念,一人じゃないんです〜」


後ろから聞えた,聞き覚えのある声.

繋がった携帯と全く同じ音声が,後ろから聞えた.


「シェリア!?」

「こんばんは」

「な,おま…」

「寒いね…どうしてこんなところにいるの?」

「お前こそ…!」

「…なんか,閉じこもってるのが嫌だったから」


決して厚着とは言えない,ラフな格好をしたシェリア.

手に袋を持ってるところを見ると,コンビニ帰りか.


「ちょっと,時間あるか?」

「どうしたの?」

「話,聞きたい.電話じゃなくて,直接,お前から」

「うーん…そこの,公園行こっか」


夜の公園は,流石に誰もいなかった.

街頭があるだけマシで,ベンチに座ればひんやりとしていた.

コイツ,寒くないんだろうか.


「何を,話せばいいのかな…」

「まずは,凰壮とのこと.本当に何もされてないか?」

「それなら本当に大丈夫だよ.この通り,ピンピンしてるから」

「ヤられてないんだな?」

「…気になる?」

「茶化すな」

「だったら…確かめればいいよ.私,処女だもん」


何を言い出すかと思えば,俺は思いっきり咽た.

コイツ,本当に行動も言動も読めない.

俺の知らない,一面ばっかり見せるもんだから,戸惑ってしまう.


「…お前を信じる.だから,そういう冗談は言うなよ」

「わかったよ…信じてくれて,ありがとう(別に冗談じゃないんだけどな)」


俺は,シェリアのことを何も知らない.

それだけに,不安でいっぱいだ.


「コンデンサ,どのくらい溜ってる?」

「今ね,68%なの.結構頑張ったよね?」

「そうか…」

「なんだか,あんまり嬉しくなさそうだね…」


寂しそうな呟きは,どこか不安混じりな俺に刺さる.

俺に裏切られたような,悲しそうな顔をしたシェリア.

そんな表情を見せたのは一瞬で,次の瞬間にはもういつもの顔に戻っていた.


「いいんだ,気にしないでね!私,これからひとりでも頑張るから…っ」

「そんなこと,させない」

「えっ?」

「俺はお前を止めたい.このまま,放って置いたらお前は傷つくばっかりだ」


それはきっと,下り坂を転がるビー玉のように.

誰かが拾わなければ,加速してどこまでも落ちて下ってしまう.

例えシェリアが傷つく道を望んでも,俺にはそれが許せない.


「大丈夫だよ,耐えられないことじゃないって,前にも言ったでしょう」

「お前は平気だろうが,俺は平気じゃない.無理矢理にでも,お前を止める」

「…コンデンサを溜めないと,私は死んじゃうんだよ?」

「そうだな.でも,最悪そうなったら俺も一緒に行ってやるよ.一人にさせないから」

「虎太くん…」


俺は,冷たいシェリアの手を取った.

少しだけ揺らいだシェリアの瞳は,戸惑いと苦しみが見える.

死にたくない,それだけは俺がわかってやれる唯一の感情.


「だから,もう誰かを不幸にするなんてやめようぜ」

「…でも」

「凰壮のこともあって,俺は本当にお前を失うのが怖い.それに…」

「それに?」


俺にとって最も恐ろしいコト.


「お前がお前じゃなくなっていくのが一番嫌だ」

「私が私じゃなくなるって…どういうこと?」

「前のお前は,誰かを不幸にすることさえ戸惑って,優しすぎるのが駄目なことのように震えてた.でも,今は違うだろう」

「それは…!私だって変わらなきゃ,駄目だったんだよ」


また声の小さくなっていくシェリア.

あの頃の,出会った頃の面影.


「確かに変わることは大事だろう.だけど,それはお前の良さを殺してまで貫かなきゃいけないのか?今のお前は,どうみても人格が不安定だ」


最も深く,突きにくかった疑問と意見.

恋人でも家族でもない俺が言うべきではない言葉なのに,それは自然と口から出て行く.

気付けば,俺の握った手はシェリアの手を強く圧迫してしまっている.



「っ不安定なんかじゃ,ない!」

「!」

「酷いよ,虎太くん.私,こんなに頑張ったよ?辛いことだって耐えた!それに,必死に生きてる!なのに,どうして…そんなこと言うの?」


ばしっと弾かれた手が,無造作に引き剥がされた.

今までにない,涙混じりの怒号と激昂したその顔.

俺は,シェリアに拒絶されたのだ.


「信じてくれるって言ったのに…!!」

「シェリア…!」

「虎太くんに見て,褒めて,認めてもらえればそれでよかった…なのに,認めるどころか邪魔をしようって言うんだね…!」

「違うんだ,シェリア!」

「もういいよ,虎太くんなんて知らない…,二度と構わないで」


すっと立ち上がり,暗がりに消えていくシェリア.

俺が傷つけ,そして,更にギリギリの精神状態にまで追い込んでしまった.

残された俺は,彼女の影を掴むこともできないまま.



「…なに,やってんだろうな,俺」



とてつもない悔しさと,行き場のない怒り.

だんっとベンチに打ち付けても,それが晴れることはなかった.

兄弟ともシェリアとも最悪な状況になった今,俺はどうすればいい.

答えが出てくるわけもなく,唇を噛み締める.



「…シェリア」



それでも,確実に認識している使命がひとつ.

何が何でもシェリアを止めて,もう一度笑顔にする.

そうだ,それだけのために,迷うことは必要ない.

握った拳をそのままに,俺は1人地面を睨みつけた.





タイムリミットまで,あと14日.



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