陽に伏した花


3年目の春,クラス替えによって僕は兄弟と離れることになった.

今まで何の理由があってか,一度も3人がバラバラになったことはなかったのに.

最後の最後で,僕一人だけが除け者にされてしまった.


「っいてて…」

「大丈夫ですか?」


人の集まる廊下で,投げ出されてきた女の子.

見るからに地味としか言い様がなくて,飾り気のない落ち着いた雰囲気を纏っていた.


「あ,すみません…」


狭い廊下では,掲示板に人が群がるだけで混雑してしまう.

大方,この女の子はそれに巻き込まれた類だろうか.


「お手伝いしましょうか?随分と大荷物ですね」

「すみません,つい先程先生に頼まれてしまって」

「構いませんよ.どうせ暇ですから」


女の子1人が持つには,ちょっと重そうな量.

別に何の意図もないまま,僕は手伝うことにした.

こんな人込みは嫌いだし,教室に居ても二人はいないのだから.




話してみると,彼女は同じクラスにのようだった.

シェリアさん,と言うらしい.

その名前には聞き覚え…いや,見覚えがある.


「降矢くん,手伝わせてしまってすみません」

「いえ,気にしないでくださいよ」


テストの学年順位が張り出される頃,大抵僕のひとつ下に記されていた名前.


「シェリアさんって,学年2位のシェリアさんですか?」

「…えっ,えっと,あの……はい」


引込思案な性格なのか,しどろもどろとしている.

真面目な容姿もあってか,古風な印象を受けた.

喋り方も丁寧なせいか,大和撫子を連想させる.


「…降矢くんは,いつもトップで凄いですよね」

「そういうシェリアさんこそ,気を抜けば追い抜かれる位置にいますよ」

「でも…やっぱり一番には,敵わないです…」


消極的な物言いに,言葉が詰まってしまう.

僕があまりいろんな事を言えば,すぐに傷ついてしまいそうなくらいか細い声.

思わず,言葉選びが慎重になった.


「ありがとうございました」

「こちらこそ,ですよ.お話できて楽しかったです」

「たの…しい?私と…話したのが?」

「えぇ」

「……そう,ですか」


少し驚いた様子を見せたシェリアさんは,やんわりと笑う.

その笑顔に,少しだけ心を揺さぶられた.

まるで,日陰に咲いている誰も気付かない花のような儚さを見た.





「降矢くん」


クラスも一緒ということもあって,シェリアさんとはよく話をした.

勉強のことが主だけれども,時には他愛ない話をしたりも.

全体が新しいクラスに馴染んできたころ,シェリアさんは僕の唯一の話相手でもあった.

クラスメイトが鮮やかな花のように着飾る一方,シェリアさんは相変わらず道端の花のまま.


「今日の課題,あれ解けそうですか?」

「えぇ,なんとか大丈夫ですよ.数学は,割と好きなので…その,平気です」

「だったら,ここを教えてもらえませんか?ここで行き詰ってしまって…」

「降矢くんでも解けないものがあるんですね.それなら,この公式を使えば…」


僕は,どことなく優越感を持っていた.

僕の話についてきてくれて,尚且つ僕に引けを取らない彼女がこうして話相手になってくれていることに.

寂しさは紛れ,いつしか二人でいることもデフォルトのようになっていたのだ.

紛れもない恋心が,僕の中には芽生えていた.


「意外ですね」

「えっ…そんな…変ですか?」

「まさか趣味がチェスだなんて思いもしませんでしたよ」

「兄の影響なんです….二人兄妹で,幼い頃からよく一緒に遊んでいて…」

「お兄さんがいらっしゃるんですか」

「えぇ.今は大学生ですがこの学校の卒業生なんですよ」


消極的な彼女と話をするには,僕が積極的になるしかなかった.

おどおどとした彼女は,困ったような顔をしながらも頑張って答えてくれて.

いつも二人で盛り上がってしまううちに,クラスでは僕達が付き合っているのではないかと噂にもなった.

でも,彼女は絶対に僕に情愛の感情を向けてくれることはない.




「私に恋人…ですか」

「いるんですか?」

「…いませんよ」

「へぇ…」

「今は,恋愛をしている余裕がありませんから.どうしても大学に行きたくて…受験勉強が疎かになっては困ります」

「真面目ですねー…」


少しだけ,シェリアさんにそういう話題を持ちかけたことがあった.

でも,模範的な優等生の回答が返ってきただけ.

恋人はいない,だけど作るつもりもない,きっぱりとそう告げられる.

まるで,僕の気持ちを見透かしたように.


「降矢くんは?」

「…僕も,いませんよ」


そう言うだけで精一杯だった.

元々喋らない彼女は,それ以上追究してくることもないままこの話は有耶無耶になってしまった.

きっと,金輪際この話題で話すことはない気がしている.




そして,季節も巡って冬から春へ.

相変わらず,端から見れば面白みに欠ける僕達はお友達として過ごしていた.

シェリアさんは進路を固めて,見事に受験に合格.

僕も早い段階で進路は決まっている.

高校を出た先は別々のルートになっていた.


「降矢くん,チェスって出来ますか?」

「齧る程度ですよ」

「良かったら,一戦どうですか?」

「うーん…お手柔らかに,お願いします」


シェリアさんから,僕に申し出るなんて珍しい.

ましてや,彼女の得意とするチェスの対戦.

一体その行動にどんな意図があるのか読み取れないまま,僕はそれを快く引き受けた.

彼女が持ってきたチェス盤は,どこか古さを感じるのに,大切に扱われてきたのがわかるような綺麗さだ.


「…私の兄は,3つ上なんです」

「へぇ,そうなんですか.じゃあちょうど入れ替わりに卒業したんですね」

「成績優秀で高校時代,ずっと学年トップを守って卒業しました」

「すごい人なんですね」

「勿論,私だってそうしたかったです.でも,いつもいつも順位は2番」


パチ,パチとボードの上に白黒の駒を置いていく.

僕は彼女の言葉に耳を向け,次の一手を考える.

彼女は先を見据えたように,手早く駒を進めてくる.

素人でもわかる.

彼女は相当強い.


「親と先生に3年間ずっと兄と比較され続け,ここまできました.そして,進路も決まり…あとは卒業するだけ」

「…あっという間でしたね」

「貴方にとってはきっとそうでしょう.ですが,私にとってはとても長い時間でした.苦痛で仕方ありませんでしたよ」

「…そうですか」

「正直,降矢くんが妬ましくて仕方ありません.でも,もう私には両親や教師を見返す術もなければ,貴方を追い越すチャンスもないんです」


饒舌になった彼女は,チェス盤を見たままこっちを向かない.

集中しているその姿が,妙に威圧的に感じる.

僕も慎重にボードの上の戦況を見守った.


「身勝手な女ですみません」

「えっ?」

「…降矢くんに勝てるものが,これしか思い浮かびませんでした」

「それって…」

「一回でいいんです.だからどうか,私にズタボロに負けてください」


そう言った彼女は,今まで見せたことのない満面の笑みをしている.

今まで誰も気づかなかった花が綻んだように,綺麗な笑顔.

ボードを見ていた視線は,いつの間にか僕に向き合い,射抜くように離れない.

そして,細い指は駒を摘んで僕の前にコツンと置かれた.


「チェックメイト」


僕の気付かない間に,勝敗は決していた.

まるで,最初から全てを牛耳っていたかのような駒の動き.

彼女は勝敗が分かっていて,この勝負を持ち込んだのだ.


「…参りました」

「…やっと,降矢くんに一勝できました」

「おめでとう,ございます?」

「ふふ…貴方って本当に,嫌な人ですね」


シェリアさんは,チェス盤をひっくり返して片付ける.

モノクロのボードの上での戦いがなかったことのように,駒が散らばった.

また,彼女もいつものように大人しくなって,駒をかき集めていた.

それは僕と彼女の出会いまでリセットさせたかのような出来事に見える.

僕はもう,二度とこの花の咲く瞬間を見る事は出来ないのだろうか.


「報われない,本当に惨めだと分かって言います.貴方のこと,ずっと嫌いでした」

「…僕は,シェリアさんのこと好きでしたよ」


抑揚のない声が,僕の耳を刺す.

裏切りとも呼べる彼女の言葉は,僕の知っているシェリアさんとは別人のように冷たくて,いとも簡単に僕の心からすり抜けていく.

所詮花は花だったのだ,恋ではない,この感情は同情か.

僕の返事を最後に,チェスを片付けた彼女は細く笑って出て行ってしまった.



それから,卒業式を迎えるまで,彼女と喋ることは一度もないままだ.

そして,これからもきっとそのままだろう.

日陰の花は,所詮日陰にしか咲けないのだということを僕は知った.

僕が見ていた花は,当の昔に枯れてしまっていた.


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(リク内容)
竜持(高校生,同じクラス,悲愛)



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