おうちにようじょがやってきた38
家にシェリアさんが来て,もう結構経ちますよね.
僕としては,もうかけがえのない妹です.
「るーじにい,えほんよんで!」
「いいですよ.どれですか?」
「これデス」
「…おや,随分古い本みたいですが」
「パパがくれたのよ,マーメイドプリンセス!」
「人魚姫ですか…懐かしいものをまた…」
「なつか,シい?」
「これ,僕らが初めて買ってもらった絵本なんですよ.もう7,8年前くらいですけど」
見覚えの会った,古い表紙.
男の子の僕らがあまり興味を示さなかったことだけは,記憶にあります.
どこから引っ張り出してきたんでしょうね,こんなの.
「むかしむかしあるところに」
シェリアさんを横に座らせて,朗読をしました.
改めて読むと,これって悲しい話だったんですね.
いろいろ諸説がある中で,これは人魚姫が最後に王子と結ばれることが出来ないため,海に身を投げるというものでした.
「こうして…人魚姫は,泡になって消えてしまったのです.おしまい」
「…Bad Endデス」
「そうですね.残念ながら」
「マーメイドは,どうしてうみにおちたの?」
「きっと,王子様と一緒にいられなくて悲しいからじゃないでしょうか」
「…どうしてカナシイ?」
「えっと,それは…恋が叶わなかったからでしょうか.大好きな人と,離れ離れですから」
恋って,どう説明すればいいですか.
とりあえず,当たり障りない程度に言いくるめましょう.
「ワタシ,マーメイドになれないの.すきなひとといっしょじゃなくても,がまんスルよ」
「偉いですね,シェリアさんは.でも,彼女は声を失って,誰にも気持ちを伝えることが出来なかったんですよ」
「かみと,ペンがある!」
「…うーん,人魚には人魚の言葉があったんじゃないでしょうか.いずれにしても,通じなかったんでしょうね」
「このおはなし,すき」
「悲しいのにですか?」
「うん」
シェリアさんは,絵本を閉じると脇に抱えます.
そして,ありがとうと僕に言って部屋を出てしまいました.
一体どちらに?
「竜持,シェリア知らないか?」
「いえ,見てませんよ」
「なら部屋かな.サンキュ」
あれからまだ部屋に篭っているんでしょうか.
虎太くんが向かうというので,僕もついて行きました.
ノックをしても,返事はありません.
優しくドアを開ければ,すやすやと眠ったお姫様.
「寝てるな」
「寝てますね」
机の上に,突っ伏したままでシェリアさんは眠っていました.
虎太くんは起さないように,シェリアさんを抱えてベッドに降ろしました.
シェリアさん軽いですから,容易い事でしょうね.
「…おや」
「どうした?」
「これ,何でしょうか」
「……いや,俺には読めないんだけど」
「僕だってこんなの読めませんよ」
見つけた紙切れは,英語がびっしり書いてありました.
見た感じ,シェリアさんが書いたんでしょうけど,ちょっと難しすぎて読めません.
でも,マーメイド,オーシャン,プリンセスなどの簡単な英単語を見ると,きっとこれはさっきの絵本のこどなんでしょう.
「シェリア,よっぽどこの本気に入ったんじゃないか?」
「この紙を見た感じ,相当みたいですね」
「…散歩に誘おうと思ったけど,今日は無理そうだから諦めようか」
可愛い妹は,すやすやと寝息を立てて,僕達に気付きそうもありませんね.
布団を軽く掛けて,部屋を後にしました.
「…シェリアさんの喜びそうな絵本でも探しに,書斎を漁ってみましょうか」
虎太くんとはそこでわかれて,僕は父の書斎へ足を運ぶことにしました.
さて,一体どんな本がいいでしょうねぇ.
―愛され上手な我が家の姫さま―
「パパー」
「お,どうしました?」
「かんそーぶん,かけたデス」
「おお!…おぉ,英語ですか」
「えらい?」
「えぇもう可愛いです!えらいえらい!」
なるほど,そういうことでしたか.
お父さんがシェリアさんに感想文を書かせたみたいですね.
僕らの時よりも教育熱心だなぁと,思います.
それに応えるシェリアさんもなかなかですけど.
「じゃあ,ご褒美に飴をあげましょう」
「わーい!」
「これはじっくり読ませてもらいますね」
「うん!」
僕も同じように,やってみようかな…なんて.
まぁ,お父さんの真似なんてしたくないんですけどね.