無色に溶けたセピア


「嫌ならとっくに別れてるよ〜」

決まり文句になった,彼女の言葉.

付き合い始めて4年目の記念日が,つい先日通り過ぎた.

能天気な彼女と,せっかちな俺がこんなに長く続くとは一体誰が思っただろうか.



「シェリア〜?おーい…」

「どしたの?」

「おなかすいたんだが」

「あ,もうお昼だったのかぁ.じゃあ,何か作ろっか」



時計は1時を指して,既に俺は1時間我慢していた.

シェリアは読書に集中すれば,時間なんかすぐに忘れる.

この俺が1時間待ったのが凄いのか,シェリアが俺を1時間待たせたことが凄いのか.

会社に勤めている俺は,休日ごろごろするのが楽しみなのだ.

逆に土日の関係ないシェリアは休みが不定期なので,なんとも思っていない.

たまにお互いの休日が一致すれば,こうしてごろごろ一緒に過ごすだけのことなのに.



「えっと,何作る予定?手伝うことあるか?」

「お饂飩を」

「ちょっと待って,それ粉…え?手打ち?」

「美味しいよ?」

「いや!そうじゃないだろ!何時間掛けるつもりだ,おなかすいたって言ってるんだけど」

「あ,ラーメンが良かった?」

「そういう問題でもないぞ」

「?」


シェリアとは,どこか噛み合わないのに,何故か楽しい.

それは俺の予想を裏切り続ける彼女の突飛な行動が原因にある.

そうか,今から手打ち饂飩を作ろうとするか.

出来上がるまでに一体どのくらい時間がかかるんだ….


「あ,手抜きで良ければ素麺があるよ.素麺でいいかな」

「…うん」

「トッピングはきゅうりと,金糸卵と,しいたけでいっか」

「それって手抜きじゃないだろ…」

「だって麺汁とか作ると時間掛かるよ」

「あぁ,そう….俺,麺汁は既製品でいいから,手伝うよ.野菜切るくらいならできるし」

「既製品でいいなら,ゆっくりしてなよ.パパッと作っちゃうからさ」

「そうか?なら頼む」


こうして,俺はお昼にありつけた.

素麺はめちゃくちゃ美味かった.

俺が食べてる間に,シェリアはまた読書を再開.

お前は食べないのかよ.

飯食ってごろごろしてると,急に外に出たくなってくる.

朝からごろごろしっぱなしだし,腹ごなしにも少し動きたい.


「シェリアー…おーい」

「どうしたの」

「散歩いかねぇ?」

「いいよー…でもちょっと待って,あと3節」

「多いぞ!読み切るつもりか」

「今いいとこなんだ」

「そうかもしれないけど,3節は多いだろ…せめて今の節だろ」

「あ」


パタンと本を閉じたシェリア.

もう続きは読み終えたのか…?

思い立ったような顔で本を床に放る.

また急な行動を取るもんだから,俺は少し戸惑った.


「散歩行くなら買い物行こう.今日の晩ご飯,なんか作らなきゃ」

「…お前,俺がいなかったら昼も夜も食べないつもりだったのかよ」

「集中してるとつい忘れてて」

「それもはや集中ってレベルじゃねーよ,本に取り憑かれてるだろ…」


なんやかんやで,外に出るという俺の願いは叶った.

買い物は近所の店で,食べたいものを少し.

晩ご飯はどうやら,凝ったもんを作るみたいだ.

シェリアのズレた感性には,ちょっと驚かされることの方が多い.



「凰壮くん」

「どうした」

「右手って今フリー?」

「おう」


また,今思いついたようなことを言う.

でもちょっと可愛いよな,こういうとこ.

素直に手を繋ぎたいって言えばいいのに.


「今日はさ,お風呂一緒に入ろうよ」

「おー?いいぜ」

「んで,一緒に寝ようよ.うちから会社行けばいいじゃん」

「なんだよ,急に甘えたがりか?」

「今読んでる本ね,べったべたの恋愛小説なんだ」

「そんで?」

「ヒロインが病気で死ぬわけ.だから,なんか生きてるうちに無性に甘えたくなったっていうか…」

「お前,もう死ぬと考えてんのかよ…誰が死なせてやるかっての」

「わかんないでしょー…でも,とにかくなんか引っ付いていたくなったんだよ」


俺としては,嬉しい限りだ.

シェリアから甘えてくれるのも,俺が甘えさせてやれるのも.

器用なシェリアはいつも1人で何でもこなしてしまう.

だから,彼女からの言葉で直接聞くと心も弾む.


「…鬱陶しくない?」

「全然」

「良かった」

「むしろ,嬉しいくらいだぜ」


どことなく,ほっと胸を撫で下ろした様子のシェリア.

鈍感なくせに,妙な気を回しやがって.

だから,俺は言った.


「もう4年一緒にいるんだぜ?今更,変な心配しなくていいからさ」

「え?」

「こんな些細なことで一緒にいるのが嫌だったら,とっくに別れてるっての」

「あっ」


決め台詞を取られたシェリアが,きょとんとしている.


「まぁつまり,俺はお前が大好きなわけですよ」


たまには俺だってかっこつけたいんだぜ?

それを知ってか知らずか,どことなくご機嫌なシェリア.

繋いだ手が,更にぎゅっと硬く結ばれた.


「人の台詞取っちゃうなんて,意地悪だなぁ」

「たまにはいいだろ?」

「しょうがないなぁ…今日はこの右手に免じて,譲ってあげるよ」


繋がれた手が,顔の高さまで持ち上げられる.

俺は,周りに誰も居ないのを確認して,立ち止まった.

不思議そうにこっちを見つめたシェリアに軽く唇を落とす.



「今夜は春巻きね」

「マジか,楽しみだな」

「手巻きで作るよ.具材も揃えたからね」

「お前って,料理上手だよな」

「あ,でも先に本の続き読んでもいいかな.あと3節で終わるから」

「おいおい…」

「急ぐからさ」

「それは構わないけど,お預けはだけは勘弁してくれよ…」


やっぱりちょっとズレている.

そうとなれば,帰って早く続きを読み終えてもらおう.

今日の,晩ご飯は一体何時になるだろうか.



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(リク内容)
三つ子の誰か(恋人同士,甘甘)・・・凰壮



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