青砥01
「青砥」
「シェリア!」
「練習か?私も付き合うよ」
シェリアは,女の子だけど,サッカーが得意だ.
身体を動かすのが好きなのに,何のスポーツもやってないらしいけど.
「青砥ってフィジカルの問題を補うくらいテクニックが高いから,すごいよな」
「…安易に背が小さいって言ってる?」
「違うぞ,素直にそう思ったんだ.私は,女だから…男子との差もあるし」
「でも,その辺の男子より上手だと思うけど」
「そうか?青砥が言うなら,そうかもしれないな」
パスを出しながらの会話.
お互いに正確なパスが,足に吸い付くように返ってくる.
シェリアがいう程,シェリアと男子の差なんてない.
「上手く言えないんだが,成長っていうのか,そういうのについていけないんだ」
「成長?」
「…大きくなるって,いやだな.嫌でも男女を分けてしまう」
「それ,タギーも似たようなことで悩んでたよ」
「多義が?」
「タギーさ,背が急に伸びて身体が付いていかなくなったんだ.それで,サッカーが下手になったと思って辞めたんだよ」
「そう,なんだ」
タギー,ごめん.
シェリアに勝手に話したことは謝るよ.
「だから,誰にだって身体のことを言い出すと問題は数えるほどあるよ」
「…うん」
「焦っても駄目だよ.成長することに慣れろとは言わないけど,だからって自分が諦めたらどんどん追いつけなくなる」
はっとしたようなシェリアの,パスが止まる.
ちょっとだけ,困ったような,難しそうな顔.
「…だから僕はテクニックを磨いた.おかげで,フォワードとしてしっかり仕事してる」
「強いな,青砥は」
「シェリアだって諦めなければ,出来るさ」
「…そう,か?」
「やらないで諦めるなんて,考えた時間が勿体ないと思うけどね」
あんまり,上手に喋れない.
でも,シェリアは何かを決めたように頷いていた.
ヒントになれば,いいんだけどね.
「為になった.青砥,すまんな」
「せっかくそれだけ動けるんだし,また何かスポーツすれば?サッカーなら,紹介してあげるよ」
「せっかくだけど,やめておこう.まだ,迷い中だから」
「…ふーん」
「でも,前向きに考えてみることにするよ.君のアドバイス」
「うん」
ふっと微笑んだシェリアは,どこか吹っ切れたように清清しい.
なんだ,ちゃんと笑えるじゃん.
元気を取り戻したシェリアは,またパスを軽快に繰り出す.
やっぱり,上手い.
「俺,シェリアのこと応援する」
「えっ」
「だから,後ろ向かずに頑張りなよ.支えてあげる」
「いやでも,それは流石に…」
「嫌なの?」
「そんなわけないさ!でも,青砥はいいのか?」
「君の背中なら押してあげてもいいよ」
「…多義を応援したように?」
「ううん.タギーと君は違う.君のが特別」
「!」
俺は,ボールを止めて手に抱えた.
そして,シェリアに近づく.
驚いたようなシェリアが,一歩下がろうとするのを無理矢理引っ張って止めた.
「あ,おと?」
「いつまでも鈍感だと,俺容赦しないけど」
「え?あれ?」
「言ったでしょ,特別だって.逃がさないよ」
「青砥…」
「嫌じゃ,ないんだろ?」
ちょっと意地悪く言ってみれば,シェリアはくすっと笑って俺を見る.
顔が赤いけど,なんだか嬉しそうだった.
「…馬鹿だな,嫌だったらとっくに突き飛ばしてでも逃げてるぞ」
「それ,良い様に解釈するから」
「構わない.私も,青砥の言葉を忘れないからな」
「当然でしょ.忘れたら,何処でだって何度だって言うよ」
「…流石に公共の場所は駄目だと思うぞ…」
「関係ないよ」
好き,だから.
そう伝えないけど,伝わった想い.
「私,多義に似てるから青砥と合うのかもな」
「…似てるけど,似てないよ.タギーじゃなくてシェリアだから,俺は好きなわけだし」
「!」
「ま,君がそう思いたいならそう思えば」
「…意地悪だな」
「知ってる」
…本当は,ちょっと似てるとは思うけど,シェリアには内緒.
だって,シェリアが特別なことに変わりないから.
―あの子が彼に似ていても,僕はあの子がいいんだ―
「青砥,今日はなんだか機嫌がいいな!」
「まぁね」
「シェリアか?」
「…うん」
なんでだろう,いつになくタギーは鋭かった.
にっと笑う顔は,どことなく嬉しげだ.
「お前達が幸せなら,俺も嬉しいぞ.応援してるからな!」
「うん,僕だって,ね」
昨日とどこか似た風は全く違うのに,なぜだかどっちも心地よかった.
そんな記憶だけ残った,夕暮れ.
幼馴染は,笑う.
最愛の人に似た,屈託のない笑顔で.