Cosleep
※主人公名は 晦 一輝(つごもり かずき)です。
今日も慌しい命がけの一日だった。
疲れているはずなのにどうも寝付くことができず、ただベッドに腰掛けてぼーっとしていた。
明日もまたセプテントリオンが来るんだろうか、そもそも明日は来るんだろうか?
規模が大きすぎて、よく分かんねぇよなあ。
独り言のように浮かんでは消えていく思いが、暗い部屋の中で音をたてずに反響していく。
せの静寂の中に、ドアをノックする音がひとつ、訪れた。
「大地、まだ起きてるか」
「へ、あぁ、まぁ…どしたのこんな時間に」
聞き慣れた、幼馴染の声。
ほとんど軋む音のしないドアをそっと開けて、隙間から覗き込んでくる。
「ちょ…そんな所に突っ立ってないで入って来いって」
「ん、サンキュ」
暗い部屋へひらりと一輝が飛び込んでくる。
ひらひらしたフードの飾りが揺れて、どうしようもなくそれが頼りなく見えた。
いつの間にか背中を見るばかりになっていた幼馴染が、途端に近くの人間に思えてはっと気がついた。
違う、そうじゃないんだ。こいつはずっと近くにいたんだ――
「…う、ぉわぁっ!?」
「勝手にお邪魔しといてあれだけど、人を無視するな。そんでその驚き方はちょっと失礼だ」
いつのまにか目の前に迫った顔に驚いて、足はそのままにして、上半身はベッドに倒れこむはめになった。
ぶつぶつと文句を言いながら、一輝は俺の上に覆いかぶさるみたいにベッドに乗り上げ…て…?
「つつつつかぬことをお聞きしますが一輝さん」
「なんでしょう」
「何しに来たんだ…?」
「んーっと…夜這い」
「あーなるほど夜這いね、よばっ…っておま、お前、ごほっ」
あんまりな言い様に、言葉が詰まって変にむせてしまった。どこに幼馴染の男を夜這いに来る男子高校生が居るっていうんだよ!
言えば「目の前に居る」とあっさりと返されそうで、結局むせた以上の行動は起こせなかった。
「何むせてんの、ちょっと落ち着こうか」
「おおおお落ち着けるかー!」
「うるさい大地、今何時だと思ってるんだよ。近所メーワク」
「え、ゴメンナサイ…?」
「よろしい、さあ脱げ」
「ギャーッ! 何、何脱がそうとしてんの!?」
俺の悲鳴をものともせず、マフラーを取り去ってブレザーを脱がしにかかってくる。
必死に抵抗すれば、一輝は不思議だといわんばかりの表情を顔いっぱいに広げてみせた。
「大地…そのままの格好でいっつも寝てる? せめてマフラーとブレザー、あとネクタイくらい脱ぐなりしといたほうがいーぞ。寝苦しいし皺になるし」
「は、ね…寝るって…ちょっと一輝さん、シャツはいいって!」
体制のせいでブレザーを上手く脱がせないことに焦れたのか、ネクタイを解いてシャツのボタンまではずそうとする手を慌てて静止した。
いつのまにかこいつ自分の上着脱いでやがるし!
さらに続くかと思った行動を突然ぴたりとやめて、静かに俺の上から退いた。
「ああ、やりすぎた。ごめん」
「や、そこで謝らなくていいケドさ…それで、どうしたんだよお前、突然」
「ああうん、添い寝してもらおうと思って。…駄目だったか」
「駄目じゃねーけど…駄目っつってもやるでしょ君」
「バレた?」
「おーうもうバレバレ、なんてったって幼馴染ですからね!」
「そーかそーか、理解ある幼馴染で俺は嬉しいぞ、くるしゅーない」
「…あ、あのさ一輝」
「なーに大地」
「お前が、口数増える時はさ…その」
ずっと昔から一緒に居た。だからこいつが今どういう状態か分かってる。
なのに、なのにどうして今、こいつにかけるべき言葉が見つからないんだろう。
上手く気持ちや言葉を吐き出せずに戦慄く唇を、一輝の手が強引に覆った。言わなくてもいい、わかってくれるならそれでいい、と言ってくれたような気さえした。
「…うん、だから来たんだよ。他の誰かのところ行くわけにもいかないし…頼む、大地」
あまり激しい喜怒哀楽を表すことのない青い目が、はっきりと怯えや悲しみを滲ませて揺れているのを見て、いてもたってもいられなくなる。
たまらず抱き寄せて、ごめん、と言うしか出来なかった。
「謝らなくても、いいよ。ごめん、ちょっと、聞いて欲しいんだ、大地」
肩口に額を押し付けるようにして、一輝がゆっくりと喋りだす。
自分の背に震える手が回されるのに気がついて、震える声に耳を傾けることにより集中した。
「自分の家とか、お前の家とか…隣で、壁の向こうで、誰かが生きてるって分かる。だから寝れたよ。 でもここは違うんだ…壁を隔てた先に居た誰かが、明日には居なくなってるかもしれなくって…。なぁ大地、俺はそれが怖いよ、怖くて仕方がないよ。ここって地下だよな? この上で誰かが今日も命を落としてる。俺が眠ってる、その上で誰かが。俺は怖いよ。1人じゃ眠れないんだ、お願いだから、大地」
ここまで弱る幼馴染を見るのは久しぶりだった。
整理のつかない感情を吐き出して、それに流されて溺れてしまわないように誰かにしがみ付いて耐える。
時折こんな風に添い寝せがんでくることはあったが、幼い頃の話だ。怖い話を聞いた夜なんかは、二人して毛布に包まって、震えを押さえるみたいにぴったりとくっついて。
「…それくらい、添い寝くらいしてやるって。俺だってできることだし?」
「大地…」
「その…俺さ、なんか変だけど…お前もそうやって思ってるんだって分かってちょっと安心したっつーか、言ってくれて嬉しいっていうか…」
「うん」
「――だからさっ! お、俺でよければいつでも聞くし! 俺だって言うし! 少しでも、お前の助けになれたら嬉しい」
「うん…大地――ありがと」
「…おう」
なんだか、とんでもないことを口走った気もする。
大それたことはできないし、今だって幼馴染を元気付ける言葉の一つも言えやしない。
けれど少しでもこいつの助けになるのなら、それが嬉しい。
その思いをひっそりと自分の胸の奥にしまいこんでしまえば、きっと一輝もこのことは誰も言わないだろうし、あとはこの真っ暗な闇に吸い込まれて、朝日に照らされれば消えてくれるだろう。
二人そろって静かにベッドに寝転んで、二人で使うには少し面積の小さい毛布を分けあいながら眠りについた。
――次の日、縮こまって眠ったせいか、体の節々が痛くなったことは、一輝には意地でも秘密にしておこう。
星の影が描いた昨日
(曇り空の向こうに)
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