ぼくの色を見つけて


――失敗した。

 百貨店《タイムズ》の自動ドアをくぐれば、外はどしゃ降りだった。
道行く人々は皆、色とりどりの傘をさして、足早に帰路へとついている。

 ランディは、どうすっかなぁと小さくぼやく。
両手は荷物でふさがっている。もし傘を持っていたとしても、さして帰ることは困難だっただろう。
かといってこのまま待っていても、雨は止みそうにない。
 ここから支援課までの距離は近い。走って帰ればいいことだが、今日は食材の買出しついでに購入した最新号のホットショットが入っている。できれば濡らしたくはなかった。

 空には見渡す限りの、暗く重たい色をした雨雲。
しょうがない、走るか。
諦めて雨の中へ足を踏み出そうとしたその時。

「ランディ!」

 よく知る声が、ランディを呼び止めた。
アイビーグリーンの傘が、色とりどりの傘のあいだを潜り抜けて近づいてくる。
目の前までやってくると、そのアイビーグリーンの傘がすっと後ろへと引いた。中から現れたブロンズの瞳が小さく微笑む。

「よかった、やっぱりランディだ」

 肩にかけてある、みっしぃの絵柄がプリントされたトートバッグからは、長いバケットが顔を覗かせていた。
西通りのタリーズ商店と、ベーカリーカフェ《モルジュ》に行くと言っていたロイドは、わざわざここまで走ってきたらしい。

「お前…行ってたのは西通りだったろ、わざわざこっちまで来たのかよ?」

 西通りならば、わざわざ中央広場の方まで来ずとも、直接支援課の裏口から戻ればいい。
しかしロイドは、きょとんと目を瞬かせて、「だってランディが濡れるだろ」と言った。

「傘、忘れていったんじゃないかと思ってさ」
「ああ、まさか降るとはな。ツイてないぜ…」
「ははっ。傘一本しかなくて悪いけど…一緒に帰ろう、ランディ」
「おー…おお」
「…どうしたんだ?」

どこか気の抜けた返事に、階段の三段ほど下にいるロイドが疑問を含んだ視線で見上げてくる。

「いやー、恋人達がこうして雨の下で逢うなんていうシチュエーションに思いを馳せてただけさ」
「…あのな、ランディ」

やや呆れを含むロイドの声音に、ツレないねぇと返す前に、ロイドが階段を上る。ランディの居る段よりも一つ上に立つと、ぐっと傘の位置を低くして、顔の距離を近づけてくる。

「あんなに身長の差があったら…何も、できないじゃないか」
 
 ふっと、掠めるように唇が触れて離れていった。
ぽかんとしてしまったランディの腕から、荷物を一つひったくるようにロイドが奪う。
軽い足取りで、少ししかない階段を駆け下り、ランディの横を通り抜けると、真っ赤になりながらも笑顔で振り向いた。

「ほらランディ、おいてくぞ!」
「ちょっ、ちょっと待てロイド!」

ばしゃり、と水溜りに足をつっこんでしまって、盛大に水が跳ねたのも気にせず、ロイドの後を追いかけた。





「ふー…結局、少し濡れちゃったか」

買ってきた食材の入った袋を机の上に置いてしまうと、ロイドは濡れた上着を脱いでいく。
「ランディのも貸してくれ」と言うので、ランディも自分のコートをロイドに預けた。
ロイドはそれをもってシャワー室のドアの向こうへと行ってしまった。
そして戻ってきたロイドが持っていたのは、白いふわふわしたタオルだった。

「ランディ、これ使ってくれ」
「おう、サンキュ」

手渡されたタオルを肩からかける。
ちらりとロイドを見やれば、両手いっぱいに袋を抱えていた。

「ロイド、少し貸せ」
「うわ…っ、とと、ありがとうランディ」
「どーいたしまして。ほら、とっとと片付けちまおうぜ」

慣れた手つきで、冷蔵庫へきれいに食材を収めていくロイドに関心しつつ、ランディもバケットや、食パンやらをまとめて棚の上へ置いていく。

「なあ、ロイド…お前さ、さっきどうして、俺があそこに居るってわかったんだ?」

ぴたりと、ロイドの手が一瞬止まる。しかし、すぐに薄いビニール袋に入った野菜を冷蔵庫の一番下の引き出し(確か野菜室とか言っていた)に入れると、静かに引き出しを閉めた。

「今日、ランディがよく読んでる雑誌、買いに行ってたんだろ?」
「あー…まあな。一人じゃないと買いづらいモンだし」
「それに、ランディが居たらすぐに分かるよ」

少しだけ、照れたようにロイドは笑う。
目はまっすぐにランディを見つめている。

「そりゃまた、たいした自信だな」
「自信っていうか…俺が、ランディ見つけたいから」
「へ……」
「だから、すぐにランディだって分かるのかもね。…また傘を忘れたら、俺が迎えに行くよ、ランディを」


ああクソ、またかよ。と顔を隠すように片手で覆った。熱くなっているのが嫌でもわかってしまう。


「ラ、ランディ?」
「お前のせいだ、責任とれよ」

ロイドに歩み寄ると、困惑した表情をしているのをよそに抱きしめる。
体が少し強張った。だが、それも無視して、熱くなった自分の頬を、ロイドの頬へと押し付けた。
さほど変わらない体温が、そこを通して伝わってきた。

「冷ますの手伝ってくれよ。な、ロイド」
「…そういうの、卑怯だ」
「卑怯上等」

くすりとロイドが笑う。
ロイドの言葉はランディが思う以上に、響いてきているらしい。
その笑うしぐさだけでも、ひどく愛おしいと思えた。

「なあ、キスしようぜ」
「…ん、冷ますの手伝うんじゃなかったのか?」
「嫌かい?」
「だから、そういうのは…ずるいよ、ランディ」


言っただろう、上等だ、って。とロイドの耳元に囁いて、ランディは可愛らしい不満を零す唇をふさぐべく、ゆっくりと、唇同士の距離を縮めた。




保証なんていらないから
(どうかこの景色を忘れないで)


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