Please eat up


穏やかな昼下がり、特務支援課のビル内にあるキッチンで、ロイドは忙しなく動き回っていた。
甘い匂いが充満したそこで、エプロンや指先にチョコがつけながら、なんとか出来上がったものを見つめる。
冷蔵庫へそっと入れて一息つく。
料理ならばそこそこ作れるのだが、お菓子の類は得意ではないロイドは結構な苦戦を強いられた。
途中で何故かUマテリアルが出来上がりそうになったりもしたが、おそらくは大丈夫だろう。

流し台にはチョコのついた泡立て器やスプーンが、昼食の時に使った食器の上へ積まれているし、溶かしたチョコはまだ少し残っていた。
今日の食器を洗う当番を引き受けておいてよかったと思う。
皆が帰ってくる前にこれらをなんとかしなければならないのだが、まだ時間はありそうだった。


今日は珍しく支援要請の数も少なく、午前中にほとんど終えてしまったので、パトロールも兼ねての自由行動となった。
エリィとティオは、キーアを連れて住宅街へ向かうと言っていた。
なにやら決意を固めた表情で、エリィはエプロンを握り締めていたのが気にかかる。
理由を聞くことも憚られたので。慌しく駆けていくのを見送るしかできなかった。
ランディは歓楽街へ行くと言い残してすぐに出て行ってしまった。
その直前に、どこかへ行く用事は無いのかと聞かれたが、彼にしては珍しく歯切れの悪い尋ね方で不思議に思いながらも、今日はここに居ると伝えたが一体どうしたのだろうか。
課長も今日はおらず、コッペとツァイトは屋上である。


昔、この日は「大切な人へ感謝の気持ちを伝える日」だと聞いていた。
セシルと一緒に作って兄へ渡した時もあったけれど、警察学校に入って以来、こうして作ることなどすっかりなくなっていた。
こうして考える余裕ができたこと、感謝の気持ちを伝えたい相手が増えたことを、ロイドはうれしく思う。

まだ暖かいうちに、何かの容器へチョコを入れてしまおうと、ボウルを持ち上げたところで、ロイドの耳にノックの音が届く。
誰か帰ってきたのだろうかと振り向いたそこには、意外な人物――ワジがいた。

「やあ、お邪魔するよ」
「ワジ…!?」
「そんなに驚かれると、突然訪問した甲斐もあるって思えるね」

ロイドの戸惑いなどお構いなしにつかつかと歩み寄ってくると、ワジはキッチン内をきょろきょろと見回す。
妙に居心地が悪くて、「どうしたんだよ」という疑問をぶつける。
ワジの行動範囲を詳しく知っているわけではないが、彼は大抵旧市街にいるのだ。
中央広場と西通りの間に位置する支援課ビルの、しかもその中へ入ってくるなど想像もしていなかった。

「どうして…ねえ。 君に逢いたかったから、じゃ駄目?」
「『駄目?』じゃなくって…」
「うーん…こういう冗談通じないのはわかってたし、正直なところを話せば…面白そうなことが起きるかなと思ってここへ来たんだよ」

言うが早いか、ワジはロイドの手からボウルをさっと奪い取る。
まだどろりとした状態のチョコを指で掬うと、突然ロイドの頬へそれを塗りつけた。

「なっ…!?」
「ごめんごめん、手が滑っちゃって」
「明らかにわざとだろ!」
「だから、謝ったじゃない」

ぐい、とロイドを引き寄せたワジは、その頬のチョコをゆっくりと舐め取る。
肌を這うぬるりとした舌の感触にぞくりと肌が粟立つ。
驚いて声をあげそうになったが、まだチョコレートのついたワジの指が口に突っ込まれたことで阻止された。

「んんっ…!!」
「ほら、舐めて。チョコべったりついてるし、食べ物を粗末にしちゃだめでしょ?」

粗末にしようとしてるのはお前のほうだ、と叫びたいがそうすることもできず、かと言ってワジの指を噛むというのもできず、ロイドは大人しくその言葉に従うほかなかった。
ワジはじっと見ているだけで何も言わない。
時々いたずらに舌や頬の内側を指でくすぐって、ロイドの反応を微笑みながら見つめているだけだ。
おずおずと指についたものを舐め、ようやく指が引き抜かれたほっとする。

「どう、おいしかった?」
「そういう、問題じゃ、無い…だろ…」
「あはは、顔真っ赤。 ちょっと刺激が強すぎたかな」

ぐったりと脱力して、流し台にもたれかかる。
本当にこいつは何をしに来たんだろう、とため息をつきたい気分だった。

「まだ、残ってるね」

楽しそうな呟きが聞こえたかと思ったその時、ぐいっと腕を引かれ、床に引き倒された。
混乱するロイドを尻目に、ワジはすばやく台にかけられていたタオルを取ると、それでロイドの頭上で腕を縛り上げる。
エプロンの結び目を解き横へずらすと、ロイドのインナーをたくしあげる。
まだ固まらないチョコレートの入ったボウルを、晒された素肌へ垂らされた。

「次は僕が食べる番だね」
「ちょっと待て…! やめろっ…!」
「だーめ。 せっかくのバレンタインなんだしさ、楽しまないと損だよ?」
「楽しんでるのはお前だけだろっ!」
「あれ、そういう事言っちゃうかなぁ…じゃあ、君も楽しませてあげるよ、ロイド。 嫌だって言っても泣いてもやめる気は無いから、抵抗するなら今の内だよ?」

チョコレートを垂らされた場所を、ワジの舌がなぞっていく。
脇腹や胸のあたりを掠めるそれに、思わず声が漏れそうになる。
歯を食いしばって耐えようとしても、ワジの指が無理やり唇をこじ開けようとするためにどうしても声が零れてしまう。

「…はっ、ワジ…いい加減に…!!」
「いい加減にしろ?もうやめろ?それとも、もっとして欲しい?」
「馬鹿言うなよ…!皆が帰って、くるから、ぁっ、ん、やめ、ろ!」

いつ誰が帰ってくるともわからない状況なのに、どうしようもなく昂ってくる自分の体が忌々しい。
首筋から鎖骨にかけたラインを滑っていく。
もう固まりかけたチョコを塗りつけていく指先が、舐めていく舌が、体温を上昇させていく。

「んー、見てる側としてはすごく扇情的、っていうかそそられるんだけど、されてる側の君はどんな気分かなロイド?」
「くぅ…ん、さいあく…だッ…!」
「まだ落ちないか、流石だね」

ワジの金色の瞳が一瞬、暴力的な光を宿す。
すぐに消えたそれは、強い欲望の痕を残してロイドを射抜いた。


「じゃあさ、君のお仲間さんたちが帰ってくるまでにどれだけ君が耐えられるか試してみよっか? 大丈夫、帰ってくる時間までには終わらせてあげるよ」

まずいとは思ったが、もう遅かったらしい。
ロイドの抗いはワジを煽ったにすぎなかったのだ。
もちろんワジはここでやめてくれるほど優しい性格をしている訳もないことをロイドは知っている。

「そうそう、言い忘れてたことがあったよ」




「いただきます、ってね」
(ハッピーバレンタイン!)


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