遠さが生み落とした理解
胸のあたりにつけた銀色のブローチが、窓からの光を反射してきらりと輝いた。
あまりこういったものをつけることの無いロイドでも、シンプルながらに美しい装飾のなされている、睡蓮をモチーフにしたそれは綺麗だと思った。
これは今日、ランディがくれたものだった。
憂鬱そうに「もうちょい後に渡すつもりだったんだがなぁ」と呟きながら、ワジに会いに行くなら絶対につけていけよ、と念を押してきた。
そのときのランディの慌てた様子を思い出した。
彼にしては珍しくて、不思議に思ったものだった。
「やあ、お待たせ」
「ワジ…久しぶりだな」
扉から入ってきた人物を見上げた。ワジだ。
ロイドの挨拶に軽く手を上げてこたえると、向かいのソファに腰を下ろした。
「ほんと、二人きりで逢うなんて久しぶりじゃない?」
「え、そうだっけ…?」
「そうだよ。だいたいはランディが一緒に居ただろ?」
全く大人気ないんだから、と呆れたようにワジは呟く。
意味がわからず首をかしげるロイドにその説明をすることなく、すっとどこかからグラスを取り出して、ロイドへ差し出した。
机の上に、もう一つそれと同じものが置かれている。
「まあせっかく来たんだし、ゆくっり話でもしようか…これでも飲みながら」
「昼間から飲酒か?」
「ジュースだよ、ジュース」
「アルコールの入った、だろ」
ワジは答えずに、グラスの脇にある瓶をあける。
不思議な色合いをした液体が注がれていった。
もしかしたらランディは、このことに気をつけろと言っていたのだろうか。だとしたら相当な心配性だ。
「そういえばロイド、君がそんなものつけてるなんて珍しいじゃない」
「ああ、これかい?」
ワジがブローチを指差す。
あまり煌びやかな装飾品をつけるのは好きではない。
普段から服も地味な色合いのもを選んでいるのはロイドの好みだが、何より似合わないからだ。
だからこそ彼も気になったのだろう。
「ランディがさ、「ワジの家に一人で行くならつけていけ」って言ってくれたんだよ」
「ふぅん? …なるほどね、ランディが」
一人得心がいったふうに、ワジはうんうんと頷く。
「彼、慌ててたんじゃないかな?」
「え、確かに焦ってたみたいだけど…どうしてわかったんだ?」
「んー…教えてあげてもいいけど」
じ、と金色の瞳がロイドを見据える。
その視線に射抜かれたような気持ちになって、どきりとした。
いや待て。どきり、ってなんだ…?
目線を彷徨わせてみたが、結局もう一度ワジの目を見つめなおすはめになって、顔が熱くなったのを確かに感じた。
いたたまれなくなり、手元のグラスに口をつける。爽やかな甘さが口の中に広がった。
「それ、睡蓮をモチーフにしたものだろう?」
言葉を発する気にはなれず、こくりと首を縦に振ることで肯定した。
「だろうね。案外ランディもロマンチックなことするじゃないか」
ワジも自分のグラスを手に取る。一口それを飲むと、言葉を続けた。
「それはね、おまじないみたいなものだよ」
「おまじない…?」
思わず聞き返す。
「そう…睡蓮を身につけているとね――《惚れ薬》を盛られても効かない、っていうおまじないだよ」
「へ…?」
その「おまじないの効力」を聞いても、ぴんとこなかった。
この状況とそれがどういう関係にあるのか、ロイドは理解できずにいる。
「わからない、って顔してるね。 安心していいよ、だって――」
目の前の景色が、突然ぐらついた。
クスクスとワジは笑っている。
目蓋が重く、ロイドの視界を狭めようと降りてくる。
抗いきれずに、ロイドは眠りへと引きずり込まれた。
「それ、 《媚薬(ほれぐすり)》じゃなくって、ただの睡眠薬だし」
という、ワジの言葉を聞かないままに。
案外うまくいったものだと、ベッドへ眠るロイドを見てワジは思う。
警戒をほとんどされていないことが、こうしてちょっかいをたくさんかけられるので嬉しくはある。
しかし、それはそれで複雑な気持ちだ。
結局ワジの思惑に気がついたのはランディだけだった。
「明日、君が朝帰りしたって聞いたら、どんな顔するだろうね? フフ、楽しみだなあ」
ロイドのやわらかな髪を撫でる。ふわふわとしていて気持ちよかった。
これを毎日のように占領しているのだから、たまにはこうして譲ってもらっても構わないだろう。
「それに、さ」
結局はロイドから聞けたのはランディの話ばかりだった。
少々面白くない。
「少しでも長く、君と二人きりの時間を共有したいから…なんて言っても、まあ君は怒るだけかな」
いつもロイドを守るように居るランディも今日は遠く離れた場所だ。
「でも…肝心なことは起きてるうちに言わないとね。いつも君がクサい台詞を言うみたいにね」
寝ている相手に、何かを仕掛けるのはワジの趣味ではない。
けれど、これくらいは許して欲しい、とロイドの隣へ潜り込み、目を閉じた。
「おやすみ、ロイド」
翌日、大騒ぎになったのは言うまでも無かった。
夢の中には届かないから
(目覚めた君へ愛の言葉を)
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