サンタさんのお仕事
「苗木くん」
静かな霧切さんの声。
ぎぎぎ、とさび付いた機械みたいにぎこちない動作で振り返った。
「お、おはよう霧切さん…どうしたの?」
「おはよう苗木くん。突然だけど、今日はクリスマスね」
なんだかデジャビュを感じる話題だった。
ちょっと前に、こんな事があった気がする…
…あれ、「ちょっと前」?
「あ、あの霧切さん…ちょっと前は4月1日だって」
「そうね。でも今日は12月25日よ」
「……」
「……」
む、無言の圧力が怖い…!
ボクたちの間に走った緊張状態は、霧切さんが紙袋を差し出したことで途切れた。
すごく短い時間だったけど、とてつもないプレッシャーに晒されていたボクは迂闊にもそれを受け取ってしまった。
そっと中の赤い…サンタクロースの衣装(多分)を取り出した。
「霧切さん…これは…?」
「サンタ衣装よ、見ればわかるでしょう」
いや、そういうことじゃなくて…!
「これ、ミニスカートだよね?」
「そうよ、それがどうかしたの?」
素で聞き返された…!?
こんな言い方されたら、まるでボクのほうがおかしいみたいだ…
…
いや、それは違うよ!
ボクは男だし、男がミニスカート、挙句肩出しの服を着るなんて間違ってる!
「そんなことないですよ」
心の中で必死に論破するための台詞を思い浮かべていると、それを遮るように声が被さった。
振り返ると、舞園さんが微笑んでいた。
ふわり、とすばやくボクに近づいてきた舞園さんは衣装を掴んだままのボクの手をそっときれいな両手で握った。
「大丈夫です、苗木くんならきっと似合います!」
「うれしくないよそんな保証…」
いつもなら、近い舞園さんとの距離にドキマギするところなんだけど、それよりもショックの方が大きくてボクはうな垂れる。
「あら、そんなにミニスカートが嫌だとおっしゃるのなら…」
ボクと、霧切さんと、舞園さんしかいなかった空間に、人の声。
もしかしなくてもこの声は…
「ゴスロリサンタはいかがでしょう?」
微笑みを湛えたセレスさんだった。
というか、ゴスロリサンタって何…?
「それは僕から説明しましょう!ゴスロリサンタというのは…」
そんなボクの疑問に答えたのは山田クン。
おもいっきり空間とか物理法則を無視して、セレスさんの背後から影のように現れた彼は、僕にはあまり理解できないであろう「ゴスロリサンタとは何か」を懇切丁寧に語り始める。
「…であって、つまりガーターベルトのテラエロスが清楚なゴスロリと明るいサンタ衣装と合わさって相乗効果を生み出して…」
「山田君、私…喉が渇きましたわ」
「さらにこのフリルが…って、はい?」
山田クンのゴスロリサンタ講義が10分を越えようかという時、セレスさんの発言がそれを止めた。
虚をつかれて、眼鏡の奥にある目を白黒させている山田クン。
セレスさんがゆらりと動いた。
「紅茶を淹れてきてもらえますわよね、山田君」
にこりと微笑んでいるけれど、とんでもない威圧感だ。
山田クンは話をぴたりとやめて、一目散に食堂へ駆けていった。
「どうします?」
「そうね…ゴスロリも捨てがたいと思うけれど…ここは譲れないわ」
「私も同意見です!」
握手を交わす二人を見るのも、なんだかとても懐かしい気持ちだった。
あれ、これってもしかしなくてもボク、これを着させられることに――
「ちょっと、ちょっと待って!」
そこで奇妙な音と共に、モノクマが現れた。
そいつはにやにや笑いながら、大きな袋を差し出す。
まっ白くて大きな布袋。中にはリボンで綺麗に包装されている箱が…って
「そうだよ、サンタさんは小さいお友達にも、大きいお友達にも夢を与えるのが仕事なんだよ!それなのに、それなのにっ…!」
モノクマは「ギラーン!」と言いながらするどい爪をボクの眼前に突き出す。
「夢のかけらもないオーソドックスで王道でありきたりで適当で平々凡々の長袖長ズボン衣装を望むなんて、甘いんだよっ!」
そ、そこまで言うのか…いや、ここで負けるわけにはいかないっ!
けれど、まるでマシンガンみたいなモノクマの勢いは止まらない。
「そうっ!ここであえて提唱するのは短パン!加えてオーバーニーソ!うぷぷ…絶対領域が大きなお友達のハートをずっきゅんだよ!」
どうしてそうなるんだよ!
そもそも着ないという選択肢が除外されている…マズイぞ…!
「甘いわね」
「なんだって…?」
冷たい霧切さんの声。けれどはっきりとした「譲らない」という熱い意思は感じた。本当は感じたくないけど…
霧切さんとモノクマのあいだに、火花が散る。
「いい?ここで重要なのは絶対領域なんかじゃないわ…露出よ」
「ろ、しゅつ…」
ボクは絶句した。
けれど、この「ボクの着る衣装」を決める議論は止まらない。ノンストップだ。
「そう…水着以外では風邪をひいて寝込もうとも、頑としてもあの服のままでも寝る苗木君の露出…貴重だとは思わない?」
「ぐ…」
風邪なんていつひいたっけ…?
いや、そんなことはどうでもいいんだ、とにかくボクが着ないっていう選択肢は…
「ありませんよ? 大丈夫です、私達がトナカイの衣装を着て、苗木くんを守ります!助手ですから!」
力強く宣言する舞園さんは、綺麗な声で霧切さんへ声援を送る。
そして、熱い議論はとうとう終わったようで…
「うぷぷ…霧切さん、今回ばかりは負けたよ…うぷぷぷぷ」
「モノクマ…あなたの持論も、なかなかに興味深いものだったわ」
あれ、おかしいな…見えないはずの夕焼けがまぶしい…
ボクが現実逃避しかけたときに、がしっと両脇を固められ、腕を掴まれた。
「さあ、苗木くん」
「議論も終わりましたし、お着替えしましょうか」
「え、ちょ、ちょっと待っ…!」
「うぷぷぷ、たのしみ、たのしみ…」
「うう…足も肩もスースーする…」
抵抗もロクにできずに着替えさせられたボクの隣には、トナカイをモチーフにしたかわいい衣装を着た舞園さんと霧切さんが居る。
トナカイの角を模したヘアーバンドを頭につけたモノクマは、頬をそめて身をくねらせる。正直言って怖い。
「うぷぷ…!それじゃ、夢を与えに行こうか!」
サンタさんは夢を届けるお仕事です
(いい子にはプレゼント!)
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