今日は笑って
「…兄ちゃん?」
浴室を出て、ロイドは濡れた髪を拭きながらリビングを覗いた。
やけに静かで、もしかすると兄はここで寝てしまっているのではないかと思ったが、ソファに座っている兄の姿が見えてほっとした。
そろっと近づいてみると、真剣な顔をして手帳に何かを書き込んでいる。
それにロイドはむっとした。
(せっかくの休日なのに…)
ただでさえ忙しくてあまり家に居ることはないし、たまにある休日でもこうして仕事をしているガイに、ロイドは苛立っていた。
どちらかと言えば怒りの対象はガイではなく、兄の意識が傾いている「仕事」の方だった。
もちろん仕事が大事であるのは知っていたし、何よりも自分の抱いた子供っぽい嫉妬を認めたくなかった。
この怒りを兄にぶつけるなんて間違っている。
それでも、仕事に気をとられてロイドに気づいていない兄が気に食わなくて、肩にかけられているタオルを取り上げると、まだ濡れている頭を少々乱暴に拭いた。
「うわっ…!」
「何やってんだよ兄ちゃん。ちゃんと拭かないと風邪ひくぞ」
そう言って手を止めると、振り向いた兄が笑っている。
「どうしたんだよ、ニヤニヤして」
「いやー、俺の弟はかわいいと改めて思って、なっ!」
「へ、わぁっ!」
ぐいっと強引にソファの前へ引かれて、よろけながら兄を見ようとしたが、できなかった。
「そら、お返しだ!」
急に視界が白いタオルに隠されたかと思うと、兄の手が先ほどロイドがしたように、しかし優しく頭を拭く。
――この大きな手に、自分は守られている。
兄の笑顔も、手も、自分ではきっと敵わない。
だけど少しでも近づきたくて距離をつめる。簡単に手が届いた。
「ロイド、どうした?」
そっと覗き込む兄の顔は楽しそうだ。
「――隙ありっ!」
「おおっ!?」
兄の手からタオルを奪い返すと、それで再び頭を拭いてやる。
怒りなどとうに吹き飛んでしまっていて、かわりに嬉しさがこみ上げた。
兄はここにいる。手の届く場所に。
こうして笑いあって、たくさん話をする。
そんな当たり前のやりとりが嬉しくてたまらなかった。
もうタオルは水分を多量に含んで、頭を拭く意味など無くなっていたが、今はその意味より楽しさが勝っていた。
すると兄も、ロイド自身が使っていたタオルを床から拾い上げると、それで応戦してくる。
しばらくそうしてじゃれあったあと、すっかり疲れきってぜえぜえと肩で息をしながらばちりと視線があうと、お互いに笑顔がこぼれた。
「ロイド、楽しかったか?」
「…うん。でも、兄ちゃん明日仕事あるんだろ、良かったのか?」
「かわいい弟のためならこれくらい平気だって! さ、それじゃあ今日は一緒に寝るか!
「ちょ、ちょっと待ってよ、どうしてそうなるんだよ!」
「いいからいいから!」
もう睡魔がすぐそこまで迫っているせいか、兄に押し切られて、結局今同じベッドに寝るという結果になってしまった。
久しぶりにこうして誰かの体温が傍にあることがくすぐったい。
ロイドを強引にこのベッドへ寝かせた張本人はすでに眠りについていた。
少し毛布が肌蹴ていたので掛け直す。まだ冬というほど冷えてはいないが、もう十分に肌寒い。
昨日も遅くまで働いていたし、きっと明日もたくさん働くのだろう。
それを少し寂しく感じたが、同時に誇らしくもあった。
ならば明日も、明後日も笑顔で出迎えよう。兄が笑顔で「ただいま」と返してくれるように。
「おやすみ、兄ちゃん」
ぴたりと兄にくっつくと暖かい。
その体温を感じながら、ロイドは眠りについた。
明日も笑顔で
(ずっと先の未来でも、笑いあえるように)
Back
<< >>