火傷跡
輪廻転生、という言葉を、聞いたことがあるだろう。
死んであの世に還った魂が、よみがえりこの世に生を受ける。
そんなことがあるだろうかと思っていたが、実際自分がその一例なのだから仕方がない。死んだと思ったら永い眠りの跡で目を覚まし、なまえという名を賜ったのだから、驚きものだ。それはずっと昔から俺の名前だったもの。過去の記憶もそのままそっくり残っていて、成長するごとに過去の姿の形質を強く発現していくこの体。生まれ変わったのだと、信じないほうがおかしい。
死ぬ前の俺は、戦国時代の武将で松永久秀という男のもとについていた。
そしていつしか二回りほど年の離れたその男に惹かれていき、何度か体を重ねた。大人になっても受け入れる側というのは武士の間での恥、というのが当時の価値観だったので、彼は俺との関係をあまり広めたがらなかった。しかし彼はもともと文官で、小姓をやっていたわけではなかったから関係ないような気がするのだが、気の難しい彼のことだから怒らせると思い、何も言わなかった。
普段は陣羽織に身を包んでいる彼の裸を見たことがあるのは俺だけだった。彼は戦いにおいて火薬を使用し、左手に忍ばせた火打石のツメをすり合わせ発火させるという戦法を取っていたため、普段隠れているその左手には火傷跡が残っていた。聞けば、まだ火薬の使用に慣れていなかった頃に何度か文字通り「手を焼いてしまっていた」らしい。
俺の体を撫ぜたり、俺のものをなめたりするたびに使うその左手に、「一体その手で何人の人間を屠ってきたのだろう」なんて思ったものだ。
人の出会いは一期一会・・・なんていうものだが、生まれ変わったこの世界で、俺と彼が出会うのにたいした時間は要さなかった。
松永久秀はこの世界での俺の親父の兄・・・つまり、叔父にあたる人物だったのだ。
家族になりたいと何度願ってもかなわなかったというのに、奇跡というものはいともたやすく不可能を可能にしてくれる。初めて出会った彼は前世での面影を感じさせないほど明るく優しい人物であった。しかし婚約者に婚約破棄され、男を作って逃げられてからの彼はそれはひどい荒み方をした。そして顔つきは日を追うごとに前世の彼に似通っていく。 もう彼の家へ訪れるのはほとんど俺だけだった。彼の性格はどんどん歪んで前世のそれに近くなる。否、元の姿へと戻っていく。あごひげの生え方も、白髪の生え方も、前世の彼そっくりだった。
そしてある日、彼はコーヒーを入れるためやかんを火にかけようとして、左手を焼いてしまった。まったく同じ火傷跡。どんどん彼は俺の知っている彼になっていく。俺が親しくすればするほどに、彼はどんどんと卑劣な人間へ変わっていった。
それはまさしく、俺の知っている松永久秀。
彼は前世の記憶など全く残っていないというのに、俺を求めた。こうなると知っておきながら手を差し伸べなかった俺に、愛を求めた。同じ髪色、同じ瞳の色、同じ名字になってしまった俺を、どうしようもなく求めた。
俺は、彼が俺を襲って俺の上に馬乗りになる度に、彼の左手に口づけをした。変わらないこれが、前世と同じこれが、どうしようもなくいとおしかった。
前世が色濃く出過ぎてしまった俺と関わり過ぎたために、「変わらなく変わり続ける」彼。
彼を壊したのは俺だ。ほかでもない忠臣だった俺なのだ。
彼は俺を襲うたび泣いていた。「すまないすまない」と言いながら馬乗りになって腰を振っていた。しかしそれも最初のうちだけ。やはり日を追うごとに、彼は「松永久秀」になっていく。もう完全に、今世の松永久秀は死んでいた。
「なまえ…」
俺を呼ぶ、甘ったるい声。
肌を重ねるたび、蘇っていく彼。
達しそうになる前のクセも、敏感な耳も、ほくろのある場所も、変わらない。変わらない。変わらないのに、記憶だけは、戻らないままだ。
焦って焦って、早く貴方を手に入れようと、毎日毎日肌を重ねた。
それでもまだ、帰ってこない。あんなに愛に答えたのに、俺の求めるものは、いつまでたったって彼から貰えなかった。
もうこのまま、過去の話をしてやろうか。
「久秀、少し突飛な話をしていいか」
しかし、彼から返事はない。
「久秀?」
「…ああ、すまないね。少し、昔を思い出していたよ」
「昔?」そう問えば、
「卿と、心中をしたときの事を」
ああ、ようやくだね、久秀。
おかえり。
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