温もりにまだ慣れない




そうして交わした約束で、私はあっけなく入部を許可された。

何がきっかけでバレるかわからないから、部員にも事情は説明しないでおこうと二人で決めた。とはいえ監督とコーチだけには事情を話したけれど、


「青春だねぇ」
「まあ松川なら大丈夫だろう、うちもマネージャーは欲しかったし」


と笑って、あっさりと入部届けを受理してくれた。


それから始まったマネージャー生活は慣れないうちは大変だったけれど、やっぱり入部できて嬉しいと心から思った。シューズが擦れる音、ボールを打ちつける音、コートで繰り広げられる技と知略。バレーが好きだ。


自分は選手としては恵まれなかったけれど、このバレー部に居られるだけで心が弾む。自分にできることはなんでもしたいと思って自然と頑張れる気がした。





「いやーほんとよかったよね!マネージャーが居てくれるって助かるよー」


そうして数週間。幸いにも特に問題は起きず、マネージャー業務にも慣れてきた日の休憩中。三年生の先輩達にドリンクを渡しにいくと、マネージャーも休みな、と輪の中に入れてくれる。


「今まで皆ほとんど彼女いなかったし、居ても他の部だったりしたからな」
「松川の彼女でしかもマネ志望っていいタイミングだったよな」


部員は皆優しくて楽しい。きっと、この先輩達が作り上げてきた空気なんだろう。


「こちらこそ、入部させていただいて嬉しいです。元々バレーは好きですけど、先輩達のプレー見ててもっと好きになりました」


正直な気持ちを言うと、


「うちのマネちゃんはかわいいなー!」
「同感」
「松川にはもったいねぇわ」
「え?!」

まるで犬を撫でるようにわしゃわしゃと頭を撫でてくれる先輩達。くすぐったいけれど、部の一員になれた気がして少し嬉しい。


「あ、」


その動きがぴたっと止まったと思えば、後ろに引き寄せられる腕。そのまま体が傾くと、とん、と背中が何かに着地する。


「お前らね、人の彼女に気安く触るんじゃないよ」


委員会で遅れる、と言っていた彼の声と背中に感じる温度。


「松川先輩」
「ん、お疲れさん」


上を見上げればやわらかく笑っている彼に、


「先輩も、お疲れ様です」


思わず笑い返す。松川先輩は、なんだか安心させてくれる存在だと思う。とても優しく笑ってくれるから。



「オアツイこって」


ふっと目線を前に戻し、呆れたように笑う花巻先輩の目線を辿ってみると、私の身体をゆるく包む松川先輩の腕。その長い腕と広い胸板は私の体を捉えるには十分だった。


「っ私、ドリンク補充してきます!」  


急に恥ずかしくなり、するりと腕から抜け出してその場を離れる。彼氏彼女らしさを出すために距離が近づくこともあると分かってるし、松川先輩はそれをすごく上手にこなす。


かたや私は何分経験がないから、普段なら男の子とそんな近い距離に立つことすら緊張する。けれど、なぜか松川先輩にはガードが緩くなってしまって。


きっと、松川先輩が醸し出す優しい雰囲気が私の警戒心をじゅわりと溶かしてしまうからだ。



それを決していやだと思うことはないけれど、やっぱり恥ずかしい気持ちもあるから。




「ほんと、慣れないや…」


きっとまだ顔は赤い。  






まるで彼の手のひらの上


(さっきはごめんな、嫌だった?)
(イヤとかじゃなくて恥ずかしいだけで…!)
(まずは手繋ぐのに慣れようか。はい、手出して)
(…ずるい)



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