指きりで契約を




あれは春の陽気が暖かい日だった。


「…よし、行こう」


入学式が終わって数週間。学校生活にも慣れてきて、これから三年間の高校生生活を楽しもうと決意した私は、入部届を持って憧れの部室の前へと向かった。


【男子バレー部】

強豪としても知られるこの部のマネージャーがしたくて、新入生の部活動入部が認められた解禁日、早速緊張しながらも扉をたたいた。


「はいはい、ドチラサマ?」


数秒後、少し気だるそうに出てきたのが松川先輩だった。まだ時間が早かったせいか部室には彼しかいなくて、女子の訪問に驚いたのか私を見て目を見開くと、少し難しい顔をしていて。 


背高い。なんだか色っぽい人だな。同じ高校生でこんなに違うものなんだろうか。

ふっとそんなことが頭を駆け巡っていた。


「えーと、何?」
「あ、すいません…あの、入部希望なんですけど」
「…ごめん、うち女マネ入れないんだわ」
「え?!」


松川と名乗ったその人は、とりあえずと人気のないベンチでざっと事情を説明してくれた。現在の主将には女子ファンが多く、マネージャーが入ると嫌がらせがあるからと、今は女子マネを入部させないようにしていると。



「そうだったんですか…」
「うん、ごめんね」
「私、小さい頃からずっとバレーやってて…でもそんなに上手くないし、中学で故障もしちゃって…でもバレーには関わっていたいし、だからマネージャーがやりたかったんです」
「…なるほど」


松川先輩は、拙い私の話を聞いてくれていた。本来なら入部を断られた時点で帰ればよかった。でも、この人にならなんだか話してもいいような気がした。馬鹿にせずに、真剣に聞いてくれるんじゃないかって



「でもそういう事情なら仕方ないですね。ご迷惑おかけしました。せめて、試合応援に行きますね」


話を聞いてはもらったものの、正直すごく残念だし悲しい。上手く笑えなくなる気がしたから、すぐに席を立った。お辞儀して去ろうとすると、座ったままの松川先輩に掴まれた手首とつられて止まる足。


「…松川先輩?」
「…一つだけ方法があるよ。マネージャーになれる」
「え、どんなですか?!」


思わず振り向いて聞くと、


「俺と付き合えばいい」
「え?」
「もちろんフリ、だけどね」


話の展開についていけず、目を見開いたままの私に悪戯な笑顔でにやりと笑う彼。


「一部の及川ファンが危険だからって理由だからさ、他の部員と付き合ってて及川に興味がない分にはそいつらも手出してこないだろうし。しかも俺、一応レギュラーだから舐められたりもしないと思うよ」



つまり松川先輩の彼女のフリをすれば、その人気があるという主将のファンから睨まれることもない、ということ。理解してみれば、彼のいうことには確かに説得力がある。それなら最大の問題は解決するだろう。

でも、

「松川先輩にそんなご迷惑をおかけするわけには…」


私にメリットがあったとしても、彼に迷惑をかけてしまうだけじゃないか。そう思って言ったけれど、


「んー…俺もさ、及川ほどじゃなくても全くモテないわけじゃないんですよ」
「…そうでしょうね、わかります」
「でも正直、言い寄られるのもめんどくさいんだよね。すぐ彼女が欲しいわけでもないし」

「つまり…」
「ギブアンドテイク。お互い彼氏彼女のフリをしてれば色々うまくいくよ。どう?」
「…そういうことなら。よろしくお願いします」



こうして、松川先輩との偽恋物語が始まった。





不安と期待と

(なまえって言います。よろしくお願いします。)
(なまえちゃん…いや、なまえでいい?)
(え、あ、ハイ)
(俺も呼び捨てでいいよ)
(そんななれなれしいことできません!)
(まあ、その内な)


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