世間話





「迎えに来ましたよ、お嬢さん」
「あ、ありがとう」


次の週の月曜日、楽しみにしていた放課後が訪れた。席で帰る用意をしていると、教室まで迎えに来てくれた松川が私の頭を撫でる。

「ごめん、すぐ片づけるね」と言えば「焦んなさんな。待ってるから」なんて優しく微笑んでくれて胸がどきりと鳴った。



「え、お前らやっと付き合ったの?」
「まあな。花巻なんでここにいんの」
「いやいやおたくの彼女と同じクラスなんですけど?」


彼女、という言葉に頬がゆるむ。松川が花巻くんと仲がいいことは知ってるけど、私はあまり二人で話したことはなかった。
クラス替えしたばかりのころ、「ホントに松川と付き合ってねぇの?」と聞かれたくらいだ。そのときはもちろん付き合ってない、と答えたけれど。


「なまえチャンも教えてくれればいいのにー」
「え?!」


机の前で腰を曲げ、顔を覗き込んでくる花巻くんに驚く。なんというか、距離を詰めるのが上手い人なんだなと漠然と思った。


「なに勝手に名前呼びしてんの」
「だって松川がいつもなまえ呼びでなまえちゃんの話ばっかりするから?」
「おいバカ」


二人の会話に入っていけず、教科書をしまいながら聞き耳だけ立てる。頭の上に置かれたままの松川の手に少し力が入った。

私の話、してくれてたの?部活の仲間にも?なんて、花巻くんの言葉に嬉しくなる。思わず松川を見上げると、「こっち見んな」と頭をぐいっと押された。


ふん。もう見ちゃったもんね。松川の顔が少しだけ赤くなってるの。
自分の顔も熱くなるのを感じながら思わず顔がにやける。



「なまえちゃん、ほんとに松川でいいの?」
「え…なんで?」
「オッサン顔だし、人の裏をかくような作戦ばっかたてるし、なにより変態ですよ」
「花巻なに言ってくれてんの?」


冗談めかして松川を指さしながら問う花巻君と松川の掛け合いに、思わず笑いが零れる。


「いいの」
「え?」
「松川でいいんじゃなくて、松川がいいの」


最後の教科書をしまいこみ、鞄を閉じながら笑って言った。あの日から、なんだか素直になれた気がするのはきっと気のせいではないのだろう。


「…おアツイことで」
「可愛いだろ、俺の彼女サン」
「それは否定できないわ。お幸せにー」


花巻君はにやりと笑って、手をひらりと振りながら教室を出て行った。



「じゃあ行きますか、初デート」
「うん、よろしくお願いします」
「ん」


最後に頭をひと撫でしてくれた松川の手は、立ち上がった私の手へと降りた。





知らないこともあった


(オッサン顔なのも意地悪なのも知ってたけど)
(おい)
(変態なのは知らなかったな)
(…すぐにでも教えてやろうか)



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