HAPPY BIRTHDAY





今日は徹の誕生日。彼の誕生日をお祝いするのは何度目になるだろうと着替えながら考える。


ずっと幼馴染として育ってきた徹。もちろんはじめも一緒。親同士が仲良くて物心ついたときにはもう一緒にいた気がするけれど、初めてプレゼントを渡したのは小学校三年生くらいだったかな。ちょうど今から10年前か、と懐かしい気持ちになった。


朝食を終えて一息ついたところで毎朝恒例のチャイムが鳴り、行ってきますと言って家を出る。


「おはよ」
「おはよう」
「今日はじめは?」


毎朝三人一緒に朝練に向かうのが恒例だけど、今朝はそこにいない。


「今日は先行くって連絡きたよ」
「そっか」
「じゃあ行こっか」
「うん」


並んで歩き出すと、するっと指を絡めてくる。


「今日くらいいいよね?」
「…学校見えるまでだからね」

やったー、と嬉しそうに笑う徹。普段ははじめもいるからこんなことはしないけど、たまにはいいか。




徹と付き合い始めたのは高校に入ってからだった。幼馴染故に照れくさくて、中々素直になれなかったなぁと思い出しながら握られた手を見る。




「はじめ、今日は早起きだったのかな」

何気ない一言を言うと、ぴくっと動きを止めた彼。


「…なんか、なまえ岩ちゃんのことばっかだね」
「え、そう?」
「今日くらい俺のことだけ考えてくれないの?」
「…なに、怒ってるの?」
「別に…そんなに岩ちゃんも一緒がいいなら、付き合うのも俺じゃなくてもよかったんじゃないの」



顔の見えない彼が吐いた台詞に、さっと血の気が引いた。一瞬茫然としたものの、すぐに怒りと悲しさが混ぜかえりながら溢れてきて、気づけば手を振りほどいて走り出していた。

「ばかじゃないの」と捨て台詞だけ残して。












「及川」

昼休み。クラスメイトや後輩たちが、かわり代わり誕生日のお祝いの言葉をかけに来てくれていたところに現れたのは岩ちゃんだった。

「来い」とでも言うように顎をくいっとあげて合図する相棒に、周りにごめんね、と一言かけてから付いていく。





「お前なにした?」
「…」

人気のない階段の踊り場まで来ると立ち止まって振り返り、突然の質問。いや、このことだろうとは分かってた。



「なまえが朝練も来ねぇなんておかしいと思ったけどな、教室でもひでぇ顔してるぞ」
「色々あって…岩ちゃんと付き合えばよかったんじゃないの的なことを」
「ばかじゃねぇの」


間髪入れずに吐かれた、彼女と同じ台詞。




「ほんとグズだな」
「わかってるけど妬いちゃうんだから仕方ないじゃん!」
「今更俺相手に妬くんじゃねぇよ」
「だって俺が女だったら岩ちゃんを選ぶもん」


きっと、岩ちゃんなら俺みたいになまえを泣かしたりしないだろう。俺は、ちゃんと幸せにできているのかいつも迷ってばかりだ。


「あいつはお前じゃねえよ」


間髪入れずに返ってきた返事すら格好いい。いや、俺が格好悪いだけかな。


「わかってるよ…ただ、今日くらい俺が独占したかったの」


子供じみた我儘だとわかってる。俺が悪いのもわかってる。

はぁ、とため息を付いて顔をあげた。そろそろ予鈴だ。



「ごめんね、岩ちゃんも朝先に行ったの、気使ってくれてたんでしょ?」
「…あのな、今日だけは二人にしてって頼んできたの、なまえだぞ」
「え…」
「言うなって言われてたけどな。お前ら不器用すぎんだよ」
「そんな、」
「これで誕プレだからな」


教室へ向けて歩き出しつつ、背中をパン、と叩かれた。気合を入れてもらった気がした。














HR中も机に突っ伏したまま、気付いたら放課後になっていた。

こんなはずじゃなかったのに。徹の誕生日、ちゃんとお祝いして…おそらく昔した約束を忘れているだろうおばかさんに向けたプレゼントを渡すはずだった。




「部活、行かなきゃ…」


朝練もなにも言わずにサボって悪いことしたな、と思いつつ、気分は落ち込んだままで中々体が動かない。
はじめが声をかけてくれたけど、先に行っててとしか言えなかった。







「…なまえ」


びくっと体が震えた。顔をあげなくてもわかる、大好きな彼の声。



「話、したいんだけど」
「…」


真横の椅子を引く音とそこに座る気配。いつの間にか、教室は誰の声もしなくなっていた。





「付き合うとき、絶対泣かさないって言ったのに…ごめん」

いつもより落ち着いた声で話し出す彼。




「優しいなまえに甘えて、ちょっと我儘になってたのかもしれない」
「そんなことない、」



いつも優しい徹。いつも私の気持ちをすごく大事にしてくれる彼の気持ちを、今日わかってあげられなかったのは私の方だ。

思わず顔をあげて徹の顔を見ると、泣きそうに笑っていて。こっちまで泣きそうになる。




「「ごめん」」



同時に出た言葉に、空気が緩んだ気がした。






「…せっかくの誕生日なのに、嫌な気持ちにさせてごめんね。これ、プレゼント」


滲む涙を拭って、鞄からそれを取り出した。ありがとう、開けてもいい?と言ってリボンが解かれる。




「これ…」


リング状のトップがついたシンプルなネックレス。込めた意味を説明しようとすると、徹が先に言葉を発した。




「…忘れるわけないよ。18歳になったら、もう一回約束するって言ったよね」
「徹も覚えてたの?」
「忘れるわけない。だからちゃんと言うね。…今更なまえがいない毎日なんて想像できないからさ、これからも隣に居てください。」










それは徹の8歳の誕生日。

(男の子は18歳になったら結婚できるんだって!)
(まどまだ先だね)
(そのときにプロポーズしてあげるね!)

なんて、子供の無邪気な約束だった。


それを、まさか覚えてるなんて。





「今すぐに、は無理だけど、もう一回約束するよ。俺がもう少し大人になったら…プロポーズ、するね」



ネックレスを指先で掲げて、照れくさそうに笑う彼。



「…徹の誕生日なのに、私ばっか嬉しいなんて」
「頷いてくれたら、十分嬉しいんだけど」


机の上で片手を包まれる。


返事の代わりに、もうつけていたお揃いのネックレスをシャツから出して掲げてみせた。









次の約束は左手の薬指

(誕生日おめでとう、徹)
(ありがとう、大好き)




及川さんHAPPY BIRTHDAY!!



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