感じる視線
最近なぜか、周りが騒がしい。いや、なぜかではなく理由はわかっているんだけど。 「やっほーなまえちゃん」 「及川先輩」 「ハーイ」 なんとも楽しそうな顔をして手を振るこの先輩とある日保健室で出会い、そしてなぜかしょっちゅう私の教室に来るようになってから。 うちの学校の中でもかなりの有名人である彼が、特に理由もなく二年生の教室に足しげく通っていればそれが噂にもなるし、クラスメイトから話しかけられることも増えた。 「今日はお昼なに食べたの?」 「牛乳パンですけど」 「えっ俺もそれ大好き!なんか嬉しい!」 「いや、たまたま近くにあったからで…」 「それでもいーの!」 なにがいいのかわからないけど、眩しいくらいの笑顔で笑って、頭をぽんと撫でられる。 「でもちゃんと栄養とってる?最近貧血はどうなの?」 「そういえば、最近はあんまりないですね。前はちょいちょい倒れてたんですけど」 「なまえちゃんが倒れたりしたら及川さんは心配です。というわけでこれあげる」 といって、ふと渡された野菜ジュース。 「…おせっかいな人ですね」 「かわいい後輩を心配してるだけだよ。ちゃんと飲むよーに!」 そう言ってまた笑った先輩は、チャイムの音を背に教室から出て行った。 彼はきっと優しい人なんだろうと思う。
そして、強い。
及川先輩と知り合いになっただけで自分の周りがざわつくくらいの人。それが当事者であれば、きっと一挙一動が誰かに見られていたり、噂になったりするんだろう。有名な人、とはいいことばかりじゃなく、嫉妬や妬みもあることを知ってる。 それでも自分を曲げずに振る舞っているところが素直にすごいと思う。
私には、無理だ。 「及川先輩?こんなところでどうしたんですか」 「なまえちゃんこそ」 放課後、体育用具室の扉を開くと、薄暗い室内に佇む見知った人物。 「私はクラスの用事です。保健体育係なので、明日の1限で使うボールを取りに」 「保険体育係ってなんかエロいね!」 「バカなんですか?」 「ひどいな〜」
保健室に行ける機会が増えると思ってなった係だったけど、結局はほぼ体育係の雑用だったという悲しい結果だ。
「及川先輩はなんでここに?」 「ああ、たまにね。ノスタルジー?みたいな」 「そうですか」 「あれ、反応それだけ?」 「バレー部だったことも試合のことも話には聞きましたけど、きっと私じゃ及川先輩の奥底の気持ちはわからないだろうから」 「…そんな風に言われるのは初めてだよ」
そう言った先輩の笑顔は、いつもと少し違って見えて
切なそうな、それでいて少し嬉しそうな顔だった。
「本当になまえちゃんは変わってるね」 「そうですか?」 「俺、隠すのうまい方だと思うんだけど…いつだって全部見透かされてるみたいだ」 「そんなこと…」
じっと見つめられて、その視線に戸惑う。見透かされている気になるのはこっちの方な気がする。
「…ごめんごめん。帰ろっか」
その視線に耐えられなくて目を逸らすと、また頭をぽんと撫でられた。先輩の顔を見上げると、またいつも通りの爽やかな笑顔に戻っていた。
慌てて授業用のボールを掴み、用具室を後にする。階段の途中までは一緒の道だと隣同士で歩くけど、やはりこの人は目立つ。
ちらちら振り向く女子達の視線を感じるうえに、通り過ぎた後に聞こえるこそこそ話。及川先輩は慣れているのか、何も気にしてないようだけど。
一瞬先輩を見上げて、自覚しかけている自分の気持ちと最近の周りの変化を考えると、私なりの決断が迫っているのを感じた。
二人の共有した時間
(あれ、一緒に帰らないの?) (教室に荷物置いたままなので) (また明日、教室遊びに行くね) (…はい)
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