お昼寝タイム
静まり返った放課後の校舎。
誰もいない保健室の、衛生的に整えられたベットへと潜り込む。まるで外との世界を遮断するような真白なカーテンに囲まれれば、ここは私だけの空間。
運のいい事に今日は職員会議により先生は出払っている。 最高に心地良い時間だ。
( 会議、長引くといいな)
貧血持ちの私はちょくちょく保健室を利用するけど、さすがに放課後ともなれば普通に帰宅を促されるだろう。
別に家に帰りたくないわけではないけれど、なんとなくまた貧血の気配がしたのと、いかんせん保健室で寝るのが好きなだけ。
深い呼吸を吐き出して、柔らかい枕へ頭をうずめる。 気持ちのいい感触と、保健室独特の消毒の香り。それが不思議に落ち着いていつもの眠りに誘われた。
どのくらい眠っていたんだろうか。見た夢は忘れてしまった 。意識が徐々に現実へ戻っていくにつれて五感が覚醒してくると、なんだか気配を感じて身を捩る。
「あ、起きた?大丈夫?」
聞こえてきた声に、薄っすらと目を開ける。自分の顔を覗き込むように影が落ちていて、うわ、人がいると思って飛び起きた。
「ごめん、起こすつもりじゃなかったんだけど…あんまり具合が悪いようなら先生呼ぼうか?」
にこっと微笑む彼の整った顔と、制服の上からでもわかる逞しい体。男女の噂なんちゃらにも疎い私でもさすがにこの人のことは知っている。
「…及川先輩?」 「ハーイ」
片手をひらりとあげて応えた彼。 まだ覚醒しきっていない脳内を必死に起こそうとしても、次いで言葉が出てこない。
「一人で寝てたからちょっと気になってさ。先生、呼んでこようか?」 「あ…大丈夫です。別に今日は具合が悪いわけじゃなくて」 「 …?」
地面に膝をついて、私の視線より下から顔を覗き込まれる。
「…保健室で寝るの、好きなんで」
そう言って、反対側のカーテンを開けてベットから抜け出した。 スカートはグシャグシャで、きっとアイロンをかける以外には直せない気がする。
ささっと身支度を整えてると、半周周ってきた背丈の高い影に目の前を覆われ、また見上げた。
「もしかして、どこかで会ったことある?」 「いや、ないと思います」 「そっか。いや、俺の名前知ってたからさ 」 「青城の有名人ですから、さすがに知ってます」
そうかなー照れるね、と言いながら笑っている及川先輩。
「よく来るの?保健室。」 「え?あ、はい。」 「それでベットで寝るのが好き?」 「まあ、そうですね」 「変わってるね」
くすりと綺麗な顔で笑いながらこちらを見つめてくる。これは、数多の女の子が落ちるのもわかる気がする。
「俺なんか病院とか注射とか思い出しちゃって、よっぽどじゃなきゃ来ないけどなあ」 「そうなんですか。慣れたら落ち着きますよ」 「普通は慣れるまで来ないよ」
先輩が、またくっくっと小さく笑った。私はなんとなくその顔から目が離せなかったけれど、よく考えたら学園の人気者とこんな話をしているのが不思議になってきた。
「あの、私そろそろ帰りますね。一応、心配してくれてありがとうございました」 「あぁ、うん。引き止めちゃってごめんね」 「いえ。それじゃあ…」
すっと及川先輩の横を抜けていく。保健室の扉を出る瞬間、
「ねぇ、キミのクラスと名前は?」
まずは聞かれた質問に少し驚いて振り返る。更に次に浮かんだのは、今日の保健室の私的利用は先生にバレずにおきたいことだった。
「二年保健室組、名乗る程の者じゃありません」
我ながら何を言ってるんだろうと思いながら、小走りで駆け出した。
スカートひらり翻し (やっぱりカッコいいけど、なんか変な人) (…侍みたい。変な子)
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