音駒ときゅんきゅんしてみた




とある平日の昼休み。たまに私たち3年生は、ミーティングついでに部室に集まって一緒にお昼ご飯を食べたりする。


「ねえ、お願いがあるんだけど」
「どうした、珍しいな」


ぽそっというと、夜久がすぐに聞き返してくれて、続いて早急にお弁当を平らげていたクロと海も読んでいた本や雑誌から目を離し顔を上げた。


「なまえちゃんにしてはしおらしい言い方」
「大体命令口調だもんなあ」


クロがニヤっと笑いからかい口調で言うと、海はそれを嫌味と気づかずに同意する。こいつらふざけやがってと思いつつ言葉を続けた。


「なんでもいいからときめかせてほしい」
「「「は?」」」


頭に?を浮かべながら真顔になるやつら。まあそりゃそうだとも思いつつ、日ごろからたまっているうっ憤をぶつける。


「だって、貴重な女子高生時代をバレー部に捧げてるんだよ!それは別に好きでやってるからいいんだけど!何でかわからないけど彼氏もできないし、後輩は癖ありまくるし、他校との交流があっても滅多に話しかけてくれないし!今すぐ彼氏がほしいとは言わないけど、たまにはキュンキュン青春したいの!」


心情を全て吐き出すと、一瞬呆気にとられたあとすぐに納得したような顔になる男達。


「なるほどな〜」
「なまえも女の子だねえ」
「そして俺達には心当たりがある、と」


夜久、海、クロが次々と発言する。その後すぐ予鈴が鳴りこの会議は終わりを告げたが、教室へ向かう途中「まあ、任せなさい」とクロが言い、他の二人も微笑んでいたので楽しみにしてる、と告げた。



斜め前にはクロ、隣には夜久という仕組まれたかのような席順の3年5組。昼休み直後の授業中、安定の睡眠を貪っていた私に訪れた試練。


「みょうじ起きて問2とけ〜」
「ん…げっ!ちょっと待ってください!」


やばいやばいと必死で頭を覚醒させようとしていると、斜め前の席にいるクロが答えらしき数字を書いたノートを見せてきて、さっそくやってくれるじゃないの、とちょっとキュンとした。


「え、えっくすイコール2、です!」
「…今英語の授業中だぞ」
「ぶっひゃっひゃ!ほんとに答えたなまえチャンかわいー!!」
「てめえトサカヘッドコノヤロー!!」
「二人とも廊下立っとけ〜」
「「げっ!!」」


こいつにドキドキを求めた私が馬鹿だった、と大人しく廊下に向かう。その間は隣に立つクロが「ごめんって」と笑いをこらえながら謝っていたが、一度足を踏みつけて無視した。


授業も終わり、疲れた足をマッサージしながら席についていると、夜久が来て渡されたルーズリーフ。


「ほいなまえ、 今の授業のノート分」
「夜久様…!!」
「やっくん、俺にはー?」
「あるわけねぇだろ自分でなんとかしろ」
「なまえチャン見―せて」
「ざけんな失せろ」


キュンとするというより感謝だけど、やっぱり夜久は優しいなと思って何の気なしにルーズリーフをめくってみると、


(寝顔かわいくて起こせなかった。ごめんな)


書かれたメッセージ。慌てて紙を伏せてカバンにしまったけど、多分今、顔赤い。夜久、普段そんなこと言わないのに。今もめっちゃ普通にクロと話してるのに。ずるい。


「…やく」
「ん?どーしたなまえ?」
「…ありがと!」


今日は5限で授業終わりだし、HRサボって先に部室行ってるね!とまくし立てて教室を出た。



あーびっくりした。普段されない女の子扱いされるとこんなにドキドキするもんかなーと考えながら部室に走る。一番乗りだろうしのんびり準備しようとドアを開けると、海の着替え真っ最中。



「あ、ゴメン」
「いや。なまえ早いな?」
「HRサボり。まさか海も?珍しい」
「担任が休みなんでHRなかっただけだよ」


男バレのやつらの着替えなんて見慣れすぎてるから、特に慌てるでもなく部室の中に入って会話を続けた。



「それで?」
「ん?なに?」
「うちの姫はキュンとしたいんだっけ?」
「おー、まあね。させてよ」
「っても俺そういうの苦手だからなあ。ま、とりあえずここおいで」


着替え終わった海が、言いながら座った自分の足の間を指さす。大人しくそこに海に背を向けて座ると、海の腕が肩越しに回ってきた。


「こういうのがいいってクラスの女子が言ってたんだけどどう?」
「んー、海にされてるとドキドキはしないね」
「やっぱり?」


元々海はいつも優しいから、優しくされてても非日常間はないかもね、と続けるとそうか、と笑っていた。


「でも落ち着くよ。一番安心はするかも。ありがと」
「そりゃどーも」


キュンとはしないけど、守られてるというか落ち着く感じがいいですな。立派に女の子扱いされてる気分で、これはこれで青春だと思った。

思っていると、バンっと音を立てて開いた部室の扉。現れた黒尾が固まってこっちを見ている。


「…え、あれ、なにしてんの?」
「何って、青春?」
「黒尾もHRサボったのか?しょうがないやつらだな」


海と私は特に体勢を変えず言葉を返した。


「ま、そろそろ準備しますかね。海ありがとね〜」
「ああ。またいつでもどうぞ姫」
「姫だってさ!クロも見習えよばーか!!」


立ち上がって更衣室に行くため部室の入り口に向かい、さっきの恨みも込めてすれ違いざまにクロの腹に軽い一発。


「…おー」


いつもなら反撃してくるのに、今日は妙に大人しいなと思いながら部室を出た。

それからはいつも通りに部活をして、まあやっぱり一生懸命なあいつらを見て、こうしてサポートができるのも十分な青春だよねと思った。



「おつかれー」
「お疲れさま。あれ、夜久と海は?」
「自販機寄ってからくるってさ」


帰り道は、なんとなく3年で固まって途中まで行くのが通例になっている。研磨はいたりいなかったりだけど、今日はゲームを買いに行くからと先に帰ったらしい。


「あのさぁ」
「ん?なに?」


もう人気もなく暗くなった校門付近で夜久たちを待っていると、珍しくクロが真剣な顔をして話しかけてきた。


「今日、夜久とか海にドキドキしてたよな?」
「まあ、クロにされた仕打ちよりはね」
「いや…あいつらがあんな本気と思ってなくてさ」
「いいよもう、十分あいつらに青春させてもらったし」


何気なくいうと、クロの肩がぴくっと震えた。次の瞬間、クロの両腕が背中に回り、気づけばクロの胸に顔が押し付けられ抱きすくめられている。


「ちょ、クロ、くるし」
「ちょっと黙って」


ぎゅうっと力を込められた腕からは逃れられず、しかもこんな至近距離になっていつもより感じる身長差。普段ふざけあってばかりいるけど、やっぱりクロも男なんだと思って少し胸がきゅっとした。


「…夜久にお礼言ったときの照れた顔とか、海に抱きしめられてるときの安心しきった顔とか、かわいすぎ。」
「え…」
「ああいう顔、俺がさせたいんですけど」


「…くろ、」


そんな発言に驚いて少しだけ時間が経って、あまりにも照れくさくなり名前を呼んで顔を上げると、クロも同じく私を見つめていた。

その顔がいつもとは全然違って、目が離せなくなる。その距離が少しずつ縮まってきて、でも力を入れても逃げられなくて、思わずぎゅっと目を瞑ると



「いってぇ!!」
「てめぇ黒尾!なにやってやがる!」
「なまえ、大丈夫か?」


バッとクロの腕が離れ、聞きなれた二人の声が聞こえた。そしてすぐに、今度は夜久と海に挟まれて優しく包まれる。


「よしよし怖かったろー」
「黒尾、お前今完全に理性とんでたな?」


あっけにとられている私と、殴られたんだろうか頭を押さえてうずくまっているクロ。


「お前らが先に抜け駆けしたんだろうが!約束したろ!」
「あれは抜け駆けじゃありません〜」
「なまえの希望を叶えただけだろ?」
「クッソ!」


全く話が読めず、どういうこと?と聞くと、どうもこいつらは私に彼氏を作らせないよう、音駒の男子や他校生からのアプローチをさりげなく邪魔していたとさらっと述べた。理由を問い詰めても「まだ抜け駆け禁止協定は続いてるから」となぜか教えてはくれなかったけど。



「…ほんとお前ら私のこと好きな!」
「そりゃそうでしょ」
「海はもう兄貴目線に近いけどな」
「まあ、かわいいなまえを変な男にはあげられないな」


結局最後は全員からわしゃわしゃと頭を撫でられ、怒る気力も失せてしまった。


「もうしばらく彼氏作るのは諦めた…」
「ま、懸命だな」
「いいじゃん、ドキドキするのはもうすぐだぜ?」
「そうそう。なまえには他の子じゃ滅多に味わえない青春が待ってるだろう?」



どういう意味?と聞いた直後のあいつらの台詞と表情に、今日一番ドキっとしたのは内緒にしておこう。






「絶対連れてってやるよ、全国」


(じゃあ夜久、勝負はその後までおあずけだな)
(そっちも負けねえけどな)
(お前らくれぐれも傷つけることはするなよ)
(なんの話?)
(((まあ、お楽しみに)))


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