彼女のお化粧事情
「あれ?なまえちゃんってメイクしてたっけ?」 「一応してますよ。そんなに濃くはしないですけど」
今年マネージャーとして入部してきた彼女が、鏡を見て目元に何かを塗りながら答える。すっぴんかと思ってた、とは言わずにその手元に視線を落とす。
「ふーん。女の子のメイク用品っていっぱいあってよくわかんないや」
と、彼女のポーチからひとつつまみ出してみた。
「ウォータープルーフ?」 「水分に強いやつですよ。落ちにくいんです」 「ああ、プールとか?」 「それもありますけど、前に付き合ってた人、泣かされてばっかだったから」
睫毛のメイクが終わったのか、先ほどよりいささかぱちりとした目で俺を見上げ、にこっと笑った。
「前の彼氏?なまえちゃん泣いてたっけ?」 「そりゃ、人前では泣きませんよ」
彼女が入部してきてからのことを思い出すけど、いつも笑っていた記憶しかない。あと、それに惹かれていった俺の記憶。
微笑んだまま目を伏せたなまえちゃんの横顔が、とても綺麗だと思う。きっと色々一人で乗り越えたんだなーと思ってなんだか更に愛しくなった。
「ね、なまえちゃんさあ」 「はい?」 「こんな名言知ってる?”Be with a guy who ruins your rouge, not your mascara”」 「…英語は苦手です」
苦々しそうに目を背ける彼女に、ここ最近言おうと思っていた言葉を続ける。
「俺の側にいなよってことなんだけど」 「…え?」
「さっきのはね、”あなたのマスカラを落とす男じゃなく、口紅を落とす男の側にいなさい”って意味だよ」
しばらく俺を見つめたあと、合点がいったのか顔を赤くしたなまえちゃん。 また目を逸らして、無言で自分のポーチをがちゃがちゃと漁り、取り出した淡いピンク色のリップをゆっくりと自分の唇に引いた。
「…それ、答えと思っていいのかな」
彼女の首に手を回し、逃さないように頭の後ろで指を組む。あがる口端を止められず言うと。
「これもウォータープルーフですけど、落としてくれますか?」 「望むところだね」
と言って目を閉じた。あとはもう、唇めがけて数センチの距離を埋めるだけ。
激しいキスをしよう
(あれ、マスカラも滲んでるね) (結局ウォータープルーフやめれない…) (まあ、嬉し泣きもさせてあげるし)
この話にコメントする
|