上下関係が逆転した日
「赤葦ー!ストレッチつきあってー!」 「一人でやって下さい木兎さん」 「押して欲しいんだって!」
休日の練習後、またいつもの光景が始まったね、とマネージャー全員で笑いあう。手のかかるお兄ちゃんとしっかりした弟って感じで微笑ましい光景だ。
「赤葦冷たいわ!じゃあなまえ手伝ってー」 「はいはい」
結局私たちの誰かが呼ばれると思ってたと苦笑いして木兎の元へ向かい、背中に手をついてゆっくりと押す。
「んー、もうちょい強く!」 「はいはい」
木兎への答えはいつもはいはいで済むなと思いながら、今度は体全体を押し付けて体重をかけながら押した。
「…なまえさん、俺代わります」 「え、いいの?」
まだやり始めたばかりだというのに、いつの間にか後ろに来ていた赤葦に肩を掴まれてぐっと引かれる。結局木兎の面倒見はいいんだなーと思って素直に代わってもらった。
普通のマネ業務に戻り、片付けも終わって、今日の部活は解散した。
「じゃあなまえ、またね!」 「ばいばーい」
皆と別れて一人で帰路につく。電車組じゃなく、徒歩通学の私はいつも一人で帰るんだけど、さすがにこの時期は暗くなるのも早くて少し不安になってきた。
「なまえさん」 「うわぁ!」 「色気のない悲鳴ですね」 「あああ赤葦!びっくりさせないでよ!」
ただでさえ気配を消すのがうまい彼があまりにも近くにきていたから、余計驚く。それと色気のない、とは余計。
「あれ、ていうか赤葦なんでこっち来てんの?電車じゃなかった?」 「なまえさんが歩いてくの見えたんで。いつもこの道帰ってるんですか?」 「そうだよー。暗いでしょ」 「ですね」
そう言って隣を歩く赤葦。あれ、なんでついて来てるんだろう。彼の帰り道は逆のはず。
「赤葦、駅行かなくていいの?」 「こんな暗い道、なまえさん一人じゃ危ないでしょ」 「そんなことないよ。大丈夫だから帰っていいよ」
送ってくれるつもりだったんだと気付いて、無表情な彼を見つめた。赤葦が優しいのは充分わかっているけど、迷惑はかけられない。
「だめです。なまえさんは自分が思ってるより無防備すぎるんで」 「あれ、赤葦失礼じゃない?」 「今日の木兎さんとのストレッチだって…」 「え?なんか変なことあった?」
いつものあの風景を思い浮かべて考えるけど、よくわからない。うーんと唸っていると、赤葦がふっとため息をついて立ち止まる。
「この際だから言いますけど、なまえさんのそういうとこ、男は弱いんですよ」 「…どういうこと?」 「だから、隙がありすぎるんです。目が離せなくなる」
いつもの彼の無表情な目が、真剣な光を帯びている気がする。急に雰囲気が変わった彼に、ふと、ああ赤葦も男の子なんだと思った。その変化と止まった会話にびくっとして、「赤葦?」と呼ぶと、次いで降ってきた言葉。
「なまえさん、もう俺のものになってください」 「え?!…どういう、こと?」 「危なっかしいところも可愛いところも全部含めて、なまえさんが好きです。俺に守られてくれませんか」
赤葦が、私のことを好き?この一大告白にすら顔を赤くもしないこの赤葦が?入部してきたときより10cmは背が伸びて、最近ぐっとかっこよくなったこの赤葦が?
なんて、頭の中がぐるぐるする。でも思い浮かぶのは赤葦のことばっかりで。そんなときに、
「かわいい後輩のかわいいお願いです。どうか聞いてもらえませんか?」
なんて笑って言われたら、もう、頷くしかないじゃない。
私と違って余裕そうな彼を見て悔しくなって「もう、赤葦のせいで顔が熱い。これも全部含めて面倒見てよね」なんて言ってみたら、
やっぱり余裕気に、でも少し嬉しそうに「なまえさん一人くらい、どれだけでも」と返された。
ああもう、年下のくせに。でもきっとどうしても赤葦には敵わない気がするから、もういっそ、思いっきり甘やかしてもらおうと決めた。
年下彼氏に敵わない。
(何であいつら毎日一緒に帰ってんの?!) (木兎気付くのおっそーい) (あの赤葦が珍しくバレバレだったのにね)
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