それは小さなすれ違い




今日、友達に夜ごはんに誘われた。女子高生同士で夜って珍しいな、なんで思いながら待ち合わせのお店に行ってみると、それがいわゆる合コンだったわけで。

正直気分は乗らないけど、失恋気分の私に気を使ってくれたってことだろうから、まぁそこは良しとしよう。問題は、同じお店の別の席にその失恋相手がいることだった。






ことの起こりはつい先週、珍しく及川と二人で遊びに出かけたときのこと。及川が家まで送ってくれることになったときに、さりげなく手が繋がれた。
楽しかったお出かけの後にそんなことされたら、普通期待してしまうと思う。だからつい、「私及川のことが好き」って、言うつもりのなかった台詞が口をついた。



あのときのあいつの固まった表情と、ぽとっと落とされた私の手。ああ拒否されたんだ、と思考が固まって思わず逃げた私を、もちろん追いかけてもこなかったことを今でも鮮明に覚えてる。

家に帰ってただ泣いて、今週学校に行っても隣のクラスにいる及川を視界に入れないようにしていた。だって、あの光景を思い出す度に何度だって心臓は痛くなって、涙で視界は滲んでくるから。






ーーーーー

「食べ物追加するー?」
「ポテトとかでいいんじゃない?」
「早くお酒飲めるようになりたいねー」


なんて、賑やかなお店に負けないくらい喋り続けてる合コンメンバーたちの声に現実に引き戻される。でも私の意識は、ぎりぎり視界に入る席にいつも一緒にいるチームメイト達と座っている、未だ片思い中のあいつ。

さりげなく盗み見すると、一週間ぶりの及川の姿に、やっぱり胸が高鳴る。盗み見してる時点で、思いっきり意識してる証拠なんだけれど。


(もう、やだな。まだこんなに好きなんて)






「なまえちゃん、ぼーっとしてどうしたの?」

隣に座っていた男の人に話しかけられて、はっと我に返った。


「あ、ごめん。ちょっと考え事…かな」
「えー、ひどいなぁ」


あはは、と明るく笑う顔。ちょっとかっこいいかもなんて思ったけど、多分それは、無理矢理恋愛スイッチを入れようと必死だから。どうにかして及川を忘れようと、必死だから。

けどやっぱりそんな簡単じゃないな。もう一度及川の姿を見たら、一気にそんなことを思い知らされてしまった。




「そろそろ出よっかー」
「楽しかったね!」

と、やっと解散の雰囲気になって、みんなの影に埋もれて、見つからないようにお店を後にする。ちらっと彼の方へ視線を向けると、楽しそうに笑ってて。だよね私に気付くはずないよね。


あーあ、今日は本当最悪の日。








お店を出ていざ解散かと思うと、友達が近寄ってきて、「ごめんなまえ、あたし送ってもらうから」そう笑顔で私に耳打ちをして、男の人と帰ってしまった友達たちと、取り残される私。みんな薄情だ。



「なまえちゃん、送ってくよ」


そう言うのは、ずっと隣にいた男の人。そして、当たり前みたいに差し出された手。は?なんで手?なんてぽかんと立ち止まっていると、ぎゅっと手を繋がれてしまった。






その繋がれた手の感覚に、先週のことをまた鮮明に思い出す。

男の人ってきっと、好きじゃなくったって手を繋いだりとか、そういうことするんだなって、今改めてわかってしまった。






「…ごめん、離して。」
「えーやだ」


照れ隠しとでも思ったのか懇願も聞き入れてもらえず、私の手を引いて歩き出そうする男の人の手を無理やり振りほどこうとした瞬間、



「なまえ!」



後ろの方から私の名前を呼ぶ声。



「…え?」
「こっち、おいで」


そこにいたのは及川で。今私の名前を呼んだのも間違いなく及川の声で。



「悪いけど、なまえもらってくね」



男の人の手から私の手を奪い返すと、無言で歩き出した。繋がれた手が、熱い。



(なに?なんで?どうしたの?)



混乱する私を余所に、及川はしばらく無言で歩き続けた。意味がわかんない。もう、何がしたいの?強めに繋がれた手も、心も何もかもが痛くて、もういっそ泣きたくなる。



「…及川、私ひとりで帰れるから、離して。助けてくれてありがとう。またね」



そう一気に言いながら繋がれた手をそっと振りほどいて、及川に背を向けた。

またね、なんて言ったけど、きっともうこうして二人で会うことなんてないってことは、ちゃんとわかってる。今までなんだかんだ仲はよかったけど、所詮クラスも違えば部活も違う、ただの友達。


「ちょっと待ってよ」
「え、」


そのまま歩き出そうとしたき、ぐっと腕を掴まれた。そんな状況、想像もしていなくて思わず立ち止まってしまう。



「…なんで?」
「え?」
「なんでそんな切り替え早いわけ?」



振り返って彼を見ると、及川が少し怒ったような顔で見つめてくる。
あぁ、やっぱり見られてたんだ。どこからどうみても合コンだったもんね。そりゃそう思うよね、と少し冷静になった。



けど、なんで、よりによって及川にそんなこと言われなきゃいけないの?知らないくせに。あたしがどれだけ及川を好きかなんて、全然知らないくせに。
あの告白を後悔して、私がどれだけ泣いたか、どれだけ苦しかったか。及川はなんにも知らないくせに、簡単に言わないで。



「及川には、関係ないじゃん」


自分でも驚くほど抑揚のない声でその言葉を口にした瞬間、掴まれていた手から力が抜けたのがわかった。だって、この台詞は正論だから。こう言ったら、及川は何も言えないってわかってる。

私も狡いなって思ったけど、とりあえず今は自分を守るために必死になっているから許してほしい。





「…なにそれ、ムカつく」
「なんで?関係ないでしょ」



もういい。だってどうせもうこんな風には会えないし。むしろムカつかれるくらいの方が、あとで「あー、あんな奴いたな」なんて思い出してくれるかもしれない。





「ほんと、ムカつく。なんでこの一週間、俺のこと避けてたの?」
「…は?」
「なまえと話したかったのにひたすら避けられるし。挙げ句の果てに今日は合コンだって聞くし」
「…え、合コンって知ってたの?」
「知らなきゃあんな騒がしい店行かないよ。皆は面白がってついてきたけど」



なんだか具体性がなくてよくわからないけど…なんとなく今、嬉しい言葉をもらったような気がする。



「さっきの、あいつの方がよかった?」
「いや、そういうわけではないけど…」


動揺を隠しきれず口ごもる私の髪を、及川が優しく撫でた。だからさ、そういうの、女の子は期待しちゃうんだって。





「この間は、びっくりして何も言えなかった。まさかなまえがそんなこと思ってくれてたなんて、夢にも思わなかったから。だからこの一週間、ほんと辛かった」
「おいかわ、」
「俺のこと、好きでいてくれない?」



そうして寂しそうに微笑んで、優しく降ってきた言葉。ああ、その顔一生忘れないような気がする。でもそれより今は、



「…まだ、好きに決まってるじゃん。ほんとムカつく。及川のばか」



と、悪態をついて答えたけど、勝手に涙は溢れてきて。そんな私の涙を長い指で拭ってくれながら、ぐしゃぐしゃになった私の顔をみてあはは、と笑った。





もうすれ違わないように

(じゃあ次は俺から言うね)
(…なにを?)
(俺と、付き合ってください)


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