キスの仕方から教えよう
「クロ先輩はいいですよね!」 「なにがだよ」
猛虎が部室に来た途端に俺を見ながらため息をつく。こいつはいつも唐突だ、と呆れて問いかけると、
「だってあんな可愛い彼女いて、超リア充じゃないスか!俺も女子とあんなことやこんなことしたいィーっ!!!」 「やっとマネージャー入ってきたと思ったら、速攻クロ先輩がもっていきましたもんね。」さすがです!と、猛虎に続く犬岡。
「あんなことやこんなこと…ね。」
未だ自身の欲求を叫び続けている猛虎をちらりと見て、今度は俺が溜息をつく。
全ての流れを聞き、唯一俺の事情を知っている夜久が笑いを堪えきれずに吹き出して、「一番欲求不満なの、お前なのにな」と、俺だけに聞こえるように言った。
なまえと付き合い始めて一ヶ月。俺からの告白に顔を真っ赤にして答えてくれた彼女。なんでも男と付き合うのは俺が始めてらしい。
確かに初めてってのは嬉しい。征服欲というのかわからねぇけど、あいつの可愛いところを俺しか知らねぇってのは格別だ。
けれど、人一倍恥ずかしがり屋ななまえは、二人きりになったりいい雰囲気になったりすると顔を背けたり、距離をとったりする。無理矢理色々するのは簡単ではあるけど、何分惚れた弱み。
「どーしろってんだ」
また一つ溜息をついて、体育館に向かった。
ーーー
「黒尾先輩!お疲れさまでした!」
部活が終わった後、監督と話していて少し遅くなった俺をなまえが部室まで迎えにくる。他の部員はとっとと帰宅していた。
「…おー。待たせて悪ィな」 「いえ、着替え終わりました?」
俺を見て人懐こい笑顔を見せるなまえ。なんだかんだ好いていてくれるのは間違いないと思うが、部室の中までは入り込んでこない。
「……。」 「…先輩?どうかしました?」
心配そうに俺を見つめてくる彼女。そろそろ今の関係から一歩進みたい俺は、なまえが待つ扉付近へと歩を進める。
「せんぱ…きゃっ、」
なまえの背中に手を回して引き寄せると、バランスを失って俺の胸にぶつかる。反対の手で扉を閉めたあと、そのまま閉まった扉に肘から下をつき、彼女を囲い狭い空間に留めた。
「黒尾先輩、…っ」 「なぁ…俺のこと、怖い?嫌か?」
顔を俯いたまま俺の胸に両手を当ててなんとか距離をとろうとするなまえに問いかける。するとぴたっと止まった彼女の抵抗。
「…怖いとかじゃ、ないです。」 「…うん。」 「ただ私、全部初めてだし何もわからないから…色々下手で、黒尾先輩に呆れられるんじゃないかって思って…」
俯いたままそう言って、俺の胸元においた手をきゅっと握りしめるなまえ。初めて聞く彼女の本心が愛おしすぎて返答に詰まる俺に、
「黒尾先輩に触れるのが嫌なわけ…ありません」と、今度は涙目ながらもしっかりと俺の目を見つめてきた。
「…嫌いになんて、なる筈ねぇよ」 「、先輩…?」 「なまえ、キスしていいか?」
彼女の目を見つめ返して聞く。多分今の俺、余裕のねぇ顔してるんだろうな。
「…どうしてたら、いいですか?」 「全部、教えてやるよ」
覚悟を決めたような、けれど潤んだ瞳で見つめてくるなまえにそう答え、やっと奪える彼女の唇を一瞥する。
「なまえ、俺の首に手まわして」 「、っ…」
おずおずと伸びてくるなまえの腕。俺は左手を彼女の腰へ、右手を彼女の頬へと置いた。
縮まらない身長差を見越して少し上半身を傾けると、なまえも無意識にか自身の爪先へと体重を預け始める。
互いの視線の距離が縮み、俺は彼女の頬に触れていた手を滑らし、そのまま顎へと指をかけた。それをくっと引き上げてから、最後の手順を教えよう。
「あとは…目、閉じてろ」 「…っ」
ぎゅっと閉じた目から、遂に涙が一筋落ちた。けれど今はそれを拭わずに、あと数センチの距離を、完全に埋めた。
時間にしても1、2秒の、本当に触れるだけのそれ。それでも、馬鹿みてぇに鳴った俺の心臓。自身は初めてでもあるまいに、と戸惑う筈が、押し寄せてくる幸福感には抗えなかった。
ゆっくりと目を開けた彼女の涙を拭って抱きしめる。
「…大丈夫か?」 「…恥ずかしいけど、嬉しい、です。だから、」
か細い声で、真っ赤な顔で続けた彼女の台詞に、俺の心臓がまたドクンと鳴った。
その言葉に煽られる
(もっと早くしてもらえばよかった、です) (…次のレッスンはすぐします。覚悟、しとけ)
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