「小説」




カチカチ


「……名前?」
「……。」
「名前。」
「…えっ?なぁに?」


ようやくこちらへと振り向いた顔にホッと息を吐く。
キョトリと向けられた目に、思わず苦く笑ってしまう。

今日は朝から、ずっとスマホをいじっている名前がいた。










「小説」 (絶対零度。様相互記念)










「…さっきから何をやってるんだ?」
「あ…ごめんね。ついつい夢中になっちゃって…。」


本日は日曜日。
久々に一緒に居られる、と二人が幸せな気分に浸る日……の、筈なのだが。

何やらスマホに夢中になっている名前。
覗き込めば、文字の羅列がそこに並んでいた。


「……小説、というやつか?」
「そうだよ。友達から面白いサイト教えてもらっちゃって…。」
「…本ではなく、そんな機械で小説が読めるようになったんだな。」
「ふふ…持ち運びできて便利ですよー。」


そういって、くすくすと笑いながら再び画面へと視線を落とす。

名前は携帯をいじることが多かった。
友達とのやりとりはもちろん。
ニュースを見たり、料理のレシピや動画などなど。

オロチには理解しがたい事なのだが、このスマホとやらがあれば何でもできるらしい。


「これが教えてもらったサイトとやらか。」
「たくさん小説載ってるからついつい見ちゃうんだー。」


画面には「絶対零度。」とかかれたサイトが表示されていて…。
どうやら名前はここの小説がお気に入りらしい。

楽しそうに画面へと見入る名前を見て、少々眉根を寄せたのはオロチだった。


「…そんなに楽しいのか?」
「うん!すっごく面白いの!今読んでるお話も続きが気になっちゃって…!」
「………。」


オロチと会話している間にも、名前はまた小説へと集中していく。

口数は少なくなり…オロチの方を見ようともしない。
…面白くない、とへそを曲げるのはオロチだ。


「…名前、今日は良い天気だ。」
「んー?」
「外にでかけないか?…何なら人の姿になって駅の方へ行っても良い。」
「んー……。」


オロチが声をかけるものの、ほとんどが上の空。
熱心に小説を読むが故に他が疎かになっているようだ。

ぎろり、と視線を向けたのは名前が見入る薄い機械。



……壊してやろうか。



名前の視線を独り占めしている無機質へと、大人げなくもそんな考えが浮かんでしまう。
名前は怒るだろうが、今この状況を打開できるのならばそれも良し。
などと、だんだんと目が据わってきた。

ふと、そんなオロチに感づいたのだろうか。
名前は再びオロチへと視線を向けると…オロチへ、スマホを差し出していた。


「なんだ?」
「これ、見てみる?」
「……先ほどの“サイト”とやらの小説か。」
「うん。」


面白いよ!
とにこりと笑う名前に、オロチは断ることが出来ず…

“……惚れた弱みか”

と、結局は名前が悲しむようなことができない自分に小さくため息。
そして薄い機械を受け取り、その画面へと視線を落とした。





・・・ ・・・





「……ねー、オロチー。」
「……。」
「聞いてますかー?」
「……。」


数分後。
今度は立場が逆転してしまっていた。

オロチはものの見事に携帯小説へとハマり…。
その隣で、名前はオロチの横顔を見つつ頬を膨らませている。

初めて見た携帯小説が余程気に入ったのだろう。

初めは扱い方がわからず、たどたどしかったその指も今ではスムーズに動いている。
真剣に画面へと食い入るように見入るオロチは、こちらの声など聞こえておらず。
名前は更に眉根を寄せていた。


「……オロチ。」
「……。」


名前の恨みがましい声などどこ吹く風。
むぅ、と頬を膨らませてみても、少しの反応も無い。
その状態で数分。


……携帯小説面白いもんなー…
…仕方ないか


と、名前は最後に肩を落とした。

なら、オロチが小説に夢中になっている間に買い物でも済ませてしまおう。
そう思ってカバンを手に立ち上が……ろうと、したときだった。

グイッと引っ張られ、再びその場に座り込んでしまう。

引っ張った手を見れば……。
オロチがガッチリと、名前の腕を掴んでいた。


「どこに行く?」
「オロチ…。」
「出かけるのか?」
「う、うん…ちょっと買い物に……。」


オロチの顔を見やれば…

ニヤリ、と笑った顔。

その顔を見て、名前はハッ気付いた。


「……っオロチ!ワザとやってたの!?」
「見事に頬が膨れて丸くなっていたな。」
「もー!!」


ぺしぺしとオロチの腕を叩く。
どうやらオロチは小説をとうの昔に読み終えていたらしい。

読み終えてからも画面から目を離さなかったのは…


「素気無くされた俺の気持ちが分かったか?」
「う……。」


仕返し、だったようだ。

これは流石に言い返すこともできず。
うっと言葉に詰まり、ぺそり、と腕を下ろした。


「…ごめん。」
「わかれば良い。」


返ってきたのは、オロチの優しげな笑み。
頭を撫でられ…反省。

せっかく二人で居られる休日なのに…。
携帯に夢中になってしまっていたのは自分の非だ、と。

少しばかり曇った名前の表情に気付くのはもちろんオロチで。
“だが……”と言葉を口にする。


「これは確かに面白いな。」
「……オロチも小説ハマちゃった?」
「あぁ。続きが気になる。」


どうやら携帯小説を気に入ったのは本当だったようだ。

共通の趣味ができたことが嬉しくて…
また今度見せるねと約束して、ふにゃりと笑う。


「オロチ、どこか行きたいところとかある?」
「?…どうした?」
「素気無くしちゃったお詫び。…オロチの行きたいところに行こう。」


オロチの手を取って、笑む。

ほんの少しだけ目を開いたオロチは…フッと、微かに笑った。
その表情は優しく、名前を愛おしげに見つめていて…。
名前の手を握り返す。

柔らかく温かな名前の手
少しひやりとしたオロチの手
お互いの体温が心地良い


「……なら付き合ってもらおう。」
「うん!どこに行きたい?」
「そうだな……せっかくだ。」


小説の様に


「河原の橋の下へ…。」


散歩にでも行こうか。


手を取り合って、家を出る。

二人の間を…
柔らかな春の風と、桜の花びらが吹き抜けた。















(んん?土蜘蛛、何読んでんだ?)
(大ガマか…。これはケータイ小説というやつらしい。)
(へー。お前が携帯なんて見るとはな!)
(オロチがこの小説にハマっているらしくてな。意外にも面白いものよ。)
(ふーん、あのオロチがねぇ…。)
(お主も読んでみると良かろう。吾輩も気に入ったところだ。)
(土蜘蛛のお墨付きたぁ面白そうだ!それじゃあ、読んでみるかな!)


(……。)
(……。)
(…何をしてるんだい、二人して。)
(お、良いところに来たな!キュウビ!)
(今、小説読んでおるところだ。)
(小説?)
(実はな…―――)



End

―――――

絶対零度。様との相互記念でございます!

ペコ様!
遅くなりましたが、相互リンクありがとうございました!
リクを頂いたというのにさほど甘くならず申し訳ない…っorz
煮るなり焼くなり捨てるなりお好きにしてくださいまし…!!

ペコ様の妖怪ウォッチの作品すべて大好きなのですが…。
意外と「マチビト。」が印象深く残っています。
私が初めて全部読み切ることができた悲恋だからかもしれません。
(もう最後のハッピーエンドへの持って行き方が大好きで!)

こんな私とサイトではございますが…
これからもどうぞ、よろしくお願いいたします!

くるり

―――――
2014/10/24


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