ぼくの兄さんには恋人がいる。バトル三昧なぼく達に休みがないことを理解している彼女で(以前はわたしと会う時間を作ってくれないとヒステリーになる子が多くてそれはおそろしかった)、地下鉄に足を運んではシンデレラの魔法が解けるまでの時間をたのしんでいるようだった。
 そんな様子を「ふぅん」と気にも留めないぼくだったけど、ほおを桜色に染める彼女とへの字口をほんの少しやわらかくする兄さんの姿は、一枚の写真に残しておきたいと思う。ぼくはバトルをして勝つ瞬間がとてもしあわせだし、兄さんの作ってくれたお味噌汁と炊きたてのごはんを食べている時がしあわせだし、お天道様の光をたっぷりしみ込ませたお布団に入る瞬間がしあわせ。これが今の兄さんや彼女と同じ表情だと思ってたけど、冬のキンとつめたい空気のような糸に「しあわせ」という文字は見事に引っかかり、ぼくのしあわせと二人のしあわせを一枚の写真にして見比べたら絶望と言う文字しか見えないのだろう。まあ、いいや。スキップをするように二人のいない世界へ飛び込む。

 わずかな休憩が終わり、大好きなポケモンバトルを開始しようと電車に乗り込む前。「兄さん! 今日は彼女さんとどんなお話をしたの?」目も口元も三日月にして兄さんを茶化す。「いつもと変わらないですよ。彼女は今日もしあわせそうでした」そんな兄さんの表情は、ひと舐めするとわたがしのようにキラキラ溶けそうだった。「クダリも、はやく恋人を見つけるといいですよ」「ウン、ソウダネ」「今日も一日、頑張りましょう」
 どうやら恋人のいる兄さんは、しあわせを恋人でまかなっているみたい。シビルドンの尖った歯をたくさんのポケモンに突き刺しながら、バトルって楽しい! 勝つことの喜び! 勝利した瞬間、体の奥底から溢れ出て抑えきれないしあわせがぼくの顔をぐにゃぐにゃにさせるんだ! 帰ったら兄さんのお味噌汁と炊きたてのごはんを食べて、お天道様の光をたっぷりしみ込ませたお布団に入って、兄さんの「おはようございます」を聞いて、また今日も楽しくなりそうだってしあわせな気分になるんだ。ぼくは恋人がいなくてもしあわせがたくさんある。
 それなのに兄さんは本当にかわいそう。しあわせが恋人だけな人生だなんていいのかな。逆に恋人がいることで得られるしあわせって、何か考えてみよう。誕生日に彼女の欲しいものを買って、お礼を言われながらぎゅっと抱きつかれることが、しあわせなのかな。仕事終わりに待ち合わせて、かかとをそわそわさせてる彼女が見えたときが、しあわせなのかな。恋人とラブストーリーの映画をみながら月夜を浴びてセックスをすることが、しあわせなのかな。あ〜めんどくさい。とってもめんどくさい。

「あのね また20連勝して ぼくと 戦って!」

 兄さん、物わかりのいい彼女でしあわせそうだけど、そのうち邪魔になるよ。お互いしあわせそうだし、ぼくと彼女の馴れ初めは兄さんに、ヒ・ミ・ツ!





貪欲な年頃なもので


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