君がいる世界に映りたい | ナノ


水がないと生きていけない男、それが七瀬遥だった。

この言い方だと少し誤解を生じるかもしれないが、水がない、というのは万人に当てはまる飲み水がないこと…ではなくて。彼の場合は常日頃から体が水に触れていないと駄目なのだった。その為ならば季節を問わずに朝から水風呂に入り、いつでも飛び込めるよう下着の代わりに水着を着て、わざわざ古びたプールを修理して水泳部を作ってしまうほど。それくらい彼は水を愛している。
おそらく、私の存在よりも。

「……遥」

私は柔らかな潮風が吹く砂浜に立つと海の中にいる彼の名前を呼んだ。普通の人なら無理だろうけど、何となく彼なら聞き取ってくれる気がした。予想が当たったのか、単に息継ぎをしに上がってきただけなのか分からないが、程なくして水面が割れた。いつものように首を何度か振るとこちらを見上げてくる。

「…何のようだ」
「別に、見に来ただけ」
「…そうか」

ぶらっきぼうな質問に素っ気なく答えれば、遥は表情を変えないまま、また水の中に潜っていく。あまりにもその自然な動作に思わず舌打ちをした。私のことは眼中にもないってか。
暫くゆらゆら揺れる海面を眺めていたが、意を決してミュールを脱いだ。これワンピースとよく合ってたのになぁ、少し残念な気持ちを抱きながらもそれを振り払うように水の中に足を浸けた。気温は高いのに水は冷たい。

「…おい、何してる」

二メートル程先に頭だけ出した遥がいた。先程の無表情とは違い、少し目を細めている。また私は「別に」と言いながら大きく一歩踏み出した。ぱしゃんと水滴が飛び散り、二人の距離が近くなるが遥は身動きひとつしなかった。

「そこから先、深くなるぞ」
「ふぅん」
「…早く戻れ」
「嫌」
「濡れてもいいのか?」
「もっと嫌」

とうとうワンピースの裾が水面ギリギリを掠めるところまで来てしまうと、遥は小さな溜め息を吐いて私を睨んだ。澄んだ青色の目が水を連想させて再び舌打ちをしてしまいそうになる。どこまでも、水は彼と一緒にいるから腹が立つ。

「……落とすぞ」
「いいよ。その代わり、」

その瞳の中に、ちゃんと私は映っているのだろうか。

「責任とってね」


握手をするように出した私の手を、水から離れた白くて長い腕が掴んだ。ぐいっと引かれたかと思えば、あっという間に身体が水中に投げ出される。服が水を吸って一気に重くなったが、身の安全よりも少々お高めなワンピースのことが気になった。クリーニングに出せば大丈夫と信じたい。

「……っ」

水圧に逆らって目を開こうとしても半分も開かなかった。目がチクチクと痛む中、真ん前にいる遥はぱっちりと目を開いて此方を見ている。ぶくぶく、ぶくぶく。私は水の中ではすぐに苦しくなって、目も痛くて、耳もつーんとするのに。どうして遥にはそんな様子が見受けられないのだろう。ああ、そっか。彼が水を愛しているように水も彼を愛しているんだね、なんて馬鹿なことを考えた。
多分遥から見た私は、半開きの目に唇を噛み締めていて、とても不細工だったに違いない。掴まれたままの腕はひんやりとしていて、熱をもった私の腕とは別物のようだ。まるで水のようだと、再び水を連想してしまう自分に思わず自嘲した。しかしすぐに触れた遥の唇はほんのり温かくて、当たり前のことなのに遥は確かに生きている人間で、水ではないと実感した。

水といえば遥。
遥といえば水。
いつの間にかそんな方程式が出来上がっていて、とてもじゃないけど私が入り込む隙間はない。それでも、私は。


君がいる世界に映りたい



何が書きたかったのか分かりませんが発見したので上げてみます…季節が全く違いますが見逃してください。
今日から私大入試デーの開幕です。すみません大袈裟に言ってみました。二月後半に国立も受けますが直前になって志望学部を変更してしまった為、実はこっちの方が重要だったりするので頑張ります!!受かるぞ受からねば!!!

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