名前はそれは大層に賢い女だった。半兵衛様が男ならば是非とも豊臣の軍師にしたいとおっしゃられたほどだ。私も名前のそんな才に惹かれたのかも知れない。


「往かれるの」


夜も開けぬ時間、そっと発とうと門前を見たとき後ろから名前に言葉を掛けられた。振り向く。思わずあっ、と口にした。


「そんな軽装で外へ出るな、名前独りの身体ではないのに」
「いいえ、それ故に私はこのような姿で出て参ったのです」


白い小袖が月の光にきらきらと輝いている。思わず抱き寄せた。


「冷たい、身体が冷えている、」
「急に発たれるんだもの、そのまま飛び出してきてしまいました」
「私の弱さが出てしまうから、会いたくなかったのだ」
「非道い」


力が籠もる。もう、引き返せないというのに、名前を抱き締めていると半兵衛様や秀吉様がいた日々がすぐそこにあるように思ってしまう。目の前で、またあのお二人が冷やかすのだ。刑部もよそでやれと笑む。そんな日々を思い出してしまう。


「名前、私は」
「生きて帰ってきて、私はここであなた様を待っていますから」
「…ああ」


体が離れる。
奥歯を一度噛み締めたあと、名前の目を見て言う。


「生きて待っていろ」


 

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