Anxiety〜不安〜1


淡く銀色に光る月の明かりに照らされた湖の水面(みなも)に真夏の夜の風が吹き抜けていく。

ぼんやりと空に浮かぶ朧げた月を見上げ、少年は立っていた。
漆黒を思わせるような黒い髪、七分袖の薄手のシャツにズボンといった極めてラフな装い。
月を真っ直ぐに見つめるその瞳の色は、紫暗の色をしていた。

少年がこのシャーロム帝国に単独でやってきたのは、半月以上前のこと。
長年一緒に旅をしていた青年に依頼され、下調べにきたのがきっかけであった。
程なく、以前世話になった軽薄な魔法剣士の青年と再会しシャーロムの宮廷に客人として迎え入れられたのだが……
これまで共に旅をしていた仲間が実はこのシャーロム帝国の王子であったと言うことを知った。

だがそれ以上に、この短い期間で一度に様々な事件に巻き込まれ新たな出会いを経て現在に至る。

少年はズボンのポケットから古ぼけたシルバークロスのペンダントを取り出し、夜空に浮かぶ満月に翳した。
チャリっと鎖のこすれる音が微かに響き、月明かりに照らされたそれはステンドグラスのように不思議な輝きを宿していた。
それは少し前に城下のギルドで知り合った一人の魔族の青年に渡されたもの。


2年以上前、共に旅をしていた女性――彼女の訃報と共に手にしたそのペンダントは、かつての旅仲間の片見と言う形でようやく少年のもとにたどり着いた代物であった。








「……なぁ、アスタロテ。俺はどうしたらいい? あいつが近くにいないだけでこんなにも不安になるなんて……情けなくって笑っちまうよ」

少年は元々のペンダントの持ち主の名前をぽつりと呟いて、自嘲ぎみに独り言をもらしながら月明かりに照らされたペンダントを手の中に戻すと、それをきゅっと握りしめた。











「ふふ。ユリシス王子が今いないから、不安なのかい?」


ふいにざわりと吹いた風に紛れて聞こえてきた優しげな青年の声に、ぼんやりと水面を見つめていた少年はハッとして背後を振り返った。

そこにはにこにこと屈託のない笑顔を湛えて軽やかに笑う一人の青年の姿があった。
無造作に伸ばした銀色の髪が月明かりに照らされて紫銀色に輝いていた。

褐色の肌に紫暗の瞳――。

まるでそこにもういないはずの彼女が立っているように見えて、少年は我が目を疑った。
背中にコウモリのような黒い羽はないものの、彼は彼女の弟と言うこともあり生前のアスタロテによく似ていた。






「……ルキフェル?」

しばしの間を置き、少年は青年の名前を口にする。



「何をセンチになっているんだい、シーナ? ギルドで初めて会った時の勢いはどうしたのかな」

そんな風におどけてみせながら、ルキフェルはぐしゃっとシーナと呼んだ少年の黒髪を撫で回した。

「っ、ちょっ……と! 何だよ、ルキ!? 髪ハネるっ」

シーナはそんな風に文句を口にしながら、自らの頭を撫で回す青年の褐色の腕を振り払おうとする。



「あっ!?」

唐突にふわりとルキフェルのしなやかな二の腕がシーナの背中にまわされた。


「よしよし。お兄さんが慰めてあげるよ? 全く君って子は。
少しだけ姉さんに聞いたことはあったけれど、本当にユリシス王子にベタボレなんだねぇ……」

ルキフェルは微かに苦笑して腕の中に意外にもすっぽりとおさまってしまった少年の華奢な体を包むように、何度もその黒髪に指を絡めて梳いてやる。
シーナはそんなほんわりとした懐かしい感覚に、そのまま青年の衣服の裾をぎゅっと握り返し胸元に顔をうずくめた。



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