月光〜Mebiusの永遠〜1
「叔父上、ただいま戻りました」
夜空に浮かぶ大きな満月を背景にして、バルコニーに佇む青年はにっこりと微笑んでそう言った。
寝室のドアを開け放った無骨な面持ちの燃えるような紅蓮の髪と、鋭いアイスブルーの瞳をした男は、バルコニーに立つ青年の姿に見惚れて硬直していた。
闇夜にも映える見事なまでに美しい金色の髪を風に揺らし、穏やかで優しい碧色の瞳――。
数年ぶりに再会した青年のその容姿はまるで、シャーロム帝国の前国王であった実兄の今は亡き妃ルーシアの生き写しのようで……
「……ルーシア!」
男は思わずそう口にした。
20年以上経っても忘れることが出来なかった女性。
結局、彼女を想い続けてこれまで身を固める決意すら出来ずにいた。
今男の目の前でバルコニーに佇むこの金髪碧眼の青年はルーシアの息子であり、男にとっては甥にあたる。
数年前に突然城を出て行ってしまった、唯一の王位継承権を持つ、シャーロム帝国の第一王子――ユリシス=レイ=ミスティであった。
「……ご無沙汰しています。叔父上は相変わらずのようですね」
「あ……あぁ、すまん。ユーリ、いつ戻ってきたんだ?」
「少し前に。城下に戻る前にニナが怪我をしてしまって……三日ほど神殿にいました」
「そうか……」
穏やかに微笑みながら話すユリシスの様子をぼうっと見つめながら、男は半ば上の空状態で生返事を返した。
「ベルリオール」
ふいに、小さくユリシスは男の名前を呼んだ。
「……やっぱり、怒っていらっしゃいますよね? まぁ 当然か。私の我が儘のために貴方やロズやカーティスにも負担をかけてしまったわけですから……」
短く息をついてベルリオールから視線をそらし、ユリシスは少し俯きぎみにそう呟く。
「……」
「……」
少しの間、重い沈黙が続いていた。ベルリオールは満月の光に照らされたユリシスからその間も目を離せずにいた。
「……」
それから少ししてからのことだった。
黙して立ち尽くしていたベルリオールは、ゆっくりとユリシスの側へと歩み寄ると、唐突に腕を伸ばしてユリシスのしなやかな体ごと自らの腕の中へと抱きすくめた。腰にまわした腕に心なしか力が込められているようにも感じる。
「っ、叔父…う…え?」
「………」
突然のベルリオールの行動に、驚いて目を見張った。だが、自らの髪を梳く男の大きな手があたたかみを増して不安だった心にそっと安心感すらもたらすようであった。
幼い頃、大好きだった叔父の無骨で逞しい腕を数年ぶりに肌で感じ取っていた。
「……心配をかけてごめんなさい、ベルリオール。
けれど私は、父上の死を病死として受け止められなかった」
「……」
「父上の死には暗殺者要請組織(アサシン・ギルド)が関与しています。
5年経った今でも、それ以上の詳しい情報は掴めなかった。私はまだ、何も出来ずに――‥」
「……お前やアナスティアが無事なら、俺はそれでいい。俺には、お前たちを守る義務がある……兄上に代わりこの国を守る義務がある……」
しばらくユリシスの話を黙って聞いていたベルリオールだったが、しなやかに肉付けされたユリシスの体を抱きしめたままで、小さく、それでもはっきりと自らの成すべきことを口にしていた。