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シャーロム帝国ゲシュタット城内の中庭に設けられた小さなカフェテラスで、二人の少女がきゃいきゃいと楽しそうにおしゃべりをしている。
白い丸テーブルの上には、女官(レイラ)に用意されたお菓子と紅茶が品良く並べられており、
少女達は数冊の雑誌をひろげてはあれこれと何かを相談しながらそれらを眺めていた。
その様子を穏やかな眼差しで見守っていた黒髪の女性は、瞳を細めて嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり、自分で可愛くラッピングしたいよね。既製品よりも、その方が絶対に気持ちがこもってる気がするもの」
雑誌のとあるページを指差しながら、癖のある栗色の髪の少女は言った。
「ん〜 ねぇ、あゆ。さっきから何のことを言っているんですか? わたしにはよくわかりませんけどぉ……」
栗色の髪の少女の向かいに座るピンク色のシルクのドレスに身を包んだ少女が、首を傾げて複雑な表情をしてそう尋ねかけた。
「……シャーロムにはないの?
バレンタインのイベントみたいなの。ほら、もう2月じゃない? あたしがいたところではね、2月14日に好きな人に手作りのチョコを渡して告白するっていう季節行事みたいなのがあるの」
「ばれんたいん……?」
ドレスの少女は聞き慣れない言葉にさらに首を傾げ、あゆと呼んだ向かいに座る少女の言った単語を復唱していた。
「うふふ。アナスティア様はあまりそういったことにお詳しくないかも知れませんが……
シャーロムにも、バレンタイン、と言うものによく似た行事はありますのよ?」
これまで二人の少女のやり取りを見ていたメイド服を身に纏った黒髪の女性は、慣れた手つきであいたティーカップに紅茶を注ぎながらやんわりと微笑み言った。
「エルミナは詳しいんですねぇ……。そんな行事があるなんて、わたし知りませんでしたぁ」
アナスティアは、素直に感嘆の声をあげる。エルミナに注いでもらった紅茶を受け取り、彼女はふうっとため息をついた。
「へぇ、そうなんだ? ねっ エルミナさんは、誰かいるの? その――‥チョコをあげたい人って……」
ふいに漏らされたことに、あゆは興味津々だった。
「……えっ!? いいえっ 私は、そんな……」
唐突なあゆの問いに、エルミナはふるふると頭をふってたじろぐ。
普段わりと落ち着いた雰囲気を持つ彼女のそんな反応は、あゆにとっては勿論だが、ゲシュタット宮廷の女官長という立場であるエルミナとは長い付き合いになるアナスティアにも新鮮なものであった。
「その反応、あやしい〜! 絶対いるでしょ本命の男性(ひと)」
「……あっ あゆ様、からかわないで下さい。私なんて、そんな……恐れ多くて……」
わたわたとあわてふためきながらエルミナは答える。
「あははっ エルミナさんてば、可愛いなぁ〜
……アティちゃんは、言わずと知れたセオくんだよね〜?」
「はぁうっ!? そこでわたしにもいきなり話を振りますかぁ〜っ!!? 恥ずかしいですぅ」
あゆはきゃらきゃらと笑いながら新鮮な彼女達の反応を楽しんでいた。
しばらくそんなオンナノコ同士のオトメな会話が続き、ゆるりと穏やかな時間は過ぎて行った。
***
「あっ、いたいた。エルミナさーん!」
無駄に広い宮廷の渡り廊下を歩いていたあゆは、遠目にエルミナの姿を見つけて声をかけた。
「まぁ、どうされたんですか?」
少女のよく通る声に気づき、エルミナは彼女のもとへと足早に歩み寄って行く。
「ねぇ、厨房を貸して? アティちゃんにも手伝ってもらおうと思うんだけど……あたしも久しぶりにするからちょっと不安なんだ。
そうだっ エルミナさんも一緒にやらない?」
「はい? 何をなさるおつもりなんですか??」
話が見えないエルミナは、怪訝な表情を浮かべて目の前の少女を見ていた。
「チョコレート、作るの。昨日あれからこっそり城下に下りて材料を調達してきたから」
「また、お一人で出掛けられたのですか? ほどほどにして頂かないと……私がセオール様に叱られてしまいますわ」
「一人じゃないよ。シーナについて来てもらったもの……てか、それより。厨房使わせてね? いこ、エルミナさんも」
「……ええっ!? あの、あゆ様っ 私はまだ仕事が――‥」
「いいから、いいから」
そうして、有無を言わせず背中を押されて連行されるエルミナがそこにいた。
少女はとても楽しそうに笑い、
二人はそのまま厨房に向かったのだった。