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穏やかな春の日差しが心地よい、午後の公園通り。
平日は学校に行く時によく通っている場所でも、休日になると普段とは少しだけ違った景色が垣間見える。
道路に沿って植えられた街路樹は、ここのある意味名物となっていた。
少年は軽い足取りで鼻歌などを交えながら公園通りを歩いていた。
薄手のフードつきパーカーを羽織り、淡い春色のカーゴパンツと臙脂色のアンダーシャツ。風になびく髪の色は日本人特有のそれであり、大きめのショルダーバッグを大切そうに抱えている。
「……ちょっとこの先の公園にでも行ってみるか」
そんなことを呟き、少年は更に速度を早めて並木道を抜けていった。
都会の片隅にあるその公園は、幼い頃から少年がよく遊び場にしていた場所だった。
中央には割りと大きめの噴水があり、それを囲うように周りには石段が設けられている。
噴水の水位は低めになっていて、例えばそこで小さな子供が水遊びをしていても危険が伴わないように、家族でゆったりと過ごせる空間となっていた。
「ここはいつ来ても全然変わんないよなぁ」
そんな穏やかな雰囲気がとても気に入っていた。
少年は近くの石段に腰を下ろすと、抱えていたバッグからカメラを取り出し組み立て始める。
おおよそその歳にはあまりに立派すぎるカメラを抱え、手慣れた様子でファインダーを覗き込んだ。
「……あれ?」
焦点を合わせるために立体レンズに手を掛けた時、ふいに視界に入った一人の少女の姿をカメラで捉えて思わず声を上げた。
(あの子、カメラ持ってる。写真好きなのかな?)
その少女が手にしていたのは自分と同じ作りのものだった。普通、この年頃の少年少女が持つものは素人でも扱える高性能のデジタルカメラだ。
ただ景色を撮ったり友達同士で撮りあいっこする程度なら、携帯のカメラでも十分だろう。
「……君、もしかしてカメラやってるの?」
少年は思わず彼女に声を掛けてしまった。
「えっ?」
唐突に話しかけられ、少女は驚いて此方を振り返った。
ダークブラウンに染められたミディアムショートの髪が風に揺れる。
「あぁ ごめん、いきなり。君が持ってるそのカメラ……結構値が張る立派なものだから、写真やってるのかと思ってさ」
「……あっ これ? 昔パパが使ってたカメラ。もう使わないって言うからもらったんだけど……」
少女は自らが手にしていたカメラに視線を落とし、歯切れが悪そうにそう答えた。
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「ふぅん、雅明くんカメラやってるんだ?」
「まぁね。まだまだカメラマンの卵にすらなれてないけど……リナちゃんは? いつからやってるの?」
「……うーん。あたしは趣味でかじってる程度だから、専門的なことはわからないけど……」
互いに自己紹介を終え、二人は噴水を囲う石段に座ってそんな話をしていた。
あれからどれくらいの時間が経過したのか、公園に設置されている時計の針はすでに3時を回っている。
「わっ? いっけない、あたしそろそろ帰らなきゃ!」
腕時計を確認し、リナは驚いたように立ち上がった。
「今日はありがとう。写真の話聞けて楽しかったよ。今度、雅明くんの撮った写真見せてくれる?」
「……え? あぁ、うん」
「じゃあ、またここで。あたしもよくこの公園に来るんだ。学校帰りに寄ることが多いんだけど……それじゃあね!」
言って彼女は大きく手を振り、あまりあてにならない約束を取り付けて走り出したのだった。
その背中を唖然と見送り、雅明は深いため息をついて苦笑した。
「……元気な子だな。初対面の俺にあんな……もう少し警戒されるかと思ったんだけど……」
ナンパのつもりは毛頭なかったのは当たり前だが、年頃の男に対してあまりに警戒心が皆無に等しくちょっとだけ心配になってしまった。
(学校帰りによく来るのか……。明日また、来てみようかな)
などと照れ臭そうに鼻をこすり、雅明は内心でそんなことを考える。
くすぐったいような、ほんわりとした感覚。
同年代に同じ趣味を持った友人が周りにはいない少年にとって、彼女との出会いはそれだけに新鮮なことだった。